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なんちゃってHα撮影

ちょっと古い天文ファンなら、コダック103aEや水素増感テクニカルパン2415といった赤色に強いモノクロフィルムとR64フィルターを組み合わせ、散光星雲を自分で撮影したり、撮ったものを目にしたことがあると思います。これは、赤に強い一方で波長700nm以上にはほとんど感度を持たないというフィルムの分光感度、640nm付近以上の波長の光のみを通すR64フィルターの特性を利用し、主にHα線(波長656.28nm)で輝く赤い散光星雲のみを効率よく捉えようというもので、現在の冷却CCDによるナローバンド撮影に相当するものです。

光害の原因となる人工照明や、月明かりにはHα線は比較的少ないため、この撮影方法は撮影場所や時をそれほど選ばないという利点があります。また、赤い散光星雲に限って言えば、非常に高コントラストで対象を捉えることができます。


しかしこれをデジタルカメラに応用しようとした場合、問題が2つあります。1つは撮像素子の前面におかれている赤外カットフィルターの存在。2つ目はR64フィルターをどう調達するかです。

前者についてですが、一般的なデジカメでは赤外線による「赤かぶり」を防ぐため、撮像素子の前に赤外カットフィルターが置かれています。しかしこれがHα線をもカットしてしまうため、この波長域の写りが非常に悪くなっています。これについては、赤外カットフィルターを取り除いたり、Hα線付近まで透過するフィルターに差し替える、いわゆる「天体改造」が有効です。

一方、後者についてですが、原材料や製造工程の環境規制の問題で、現在ではR64フィルターは軒並み製造中止になっています。そこで代替品を考えなければなりません。真っ先に思いつくのは冷却CCD用のナローバンドフィルターですが、これは精度が高い分高価なうえ、通る光の波長が非常に限定されているため、感度が比較的低いデジカメで利用するには光量が不足しがちです*1。もう1つの候補は富士フィルムから発売されているシャープカットフィルター「SC64」です。こちらの分光特性はR64フィルターと同一で、ほぼ完全な代替品として機能します。難点としては、フィルター自体がトリアセチルセルロース(TAC)でできたペラペラのフィルムであることで、取り付け方をうまく工夫しなければなりません。


今回はとりあえず、手持ちのSEO-SP3改造EOS KissX5とSC64フィルターを組み合わせてみることにしました。カメラの方は元々の赤外カットフィルターの代わりに、紫外・赤外カットフィルターである「IDAS UIBAR-III」に相当するものが取り付けられています。これとSC64フィルターの透過率のグラフを重ねてみるとご覧の通り。



Hα線付近のみを通す、半値幅30nm程度のバンドパスフィルターとして機能しています。透過率も80%前後とまずまず。


SC64フィルターの取り付けですが、幸い撮影に使おうと考えていたミニボーグ60EDは先端に62mm径のフィルターネジが切ってあるので、当初はここに角型フィルターをセットするためのフィルターホルダーを取り付け、ペーパーマウントにセットしたSC64を装着しようと考えていました。しかし、商品の実物を見てみると、この装着の仕方ではマウントと筒先の間にわずかな隙間が空いてしまうことが分かりました。街灯などが少なからずある都心部での撮影では、ここから入る迷光が問題になりかねません。

そこで一計。フィルターホルダーを装着するためのアダプターリングとマグネットシートを購入しました。

アダプターリングの平らな面に、ドーナッツ状にカットしたマグネットシートを貼り付け、同様にカットしたマグネットシートをもう1枚用意します。これでSC64フィルターを挟み込んでやろうという作戦です。


これなら迷光が入り込む余地はありませんし、フィルターが傷むこともないのである程度は再利用が可能です。また、フィルターの取り外しが容易なので、アライメントの時などに万が一星像が暗くてライブビューで見えなくても対応が可能です。問題になるとすればフィルターの平面性ですが、これについてはTACフィルターを使っている以上、どんな装着の仕方をしても問題になる部分なので、ある程度の割り切りが必要かと思います。

*1:デジカメの場合、撮像素子の直前にRGBのカラーフィルターがあることも冷却CCDに比べて不利な点。G,Bのピクセルが無駄になる上、肝心の赤についてもフィルターを二重に通過することになるため光量をロスします。