この秋は総じて天候不順気味でしたが、11月の最終週になると冬型の気圧配置が頻繁に現れるようになって、太平洋側はようやく安定した晴れの天気が多くなってきました。先週末も、月がない上に一晩中快晴の予報でしたので、いつもの公園に出撃してきました。
この日の目標ですが「湿度が低く大気の透明度が比較的良さそう」ということで、おうし座の超新星残骸Sh2-240を狙ってみることにします。人によっては「Simeis 147」(シメイズ147)という呼び名の方がピンとくるでしょうか*1。
実に満月6個分もの広がりがある巨大な超新星残骸(レムナント*2)ですが非常に淡く、フィルム時代には暗い空の下、シュミットカメラなどの明るい光学系にR64フィルター、103aEや水素増感TP2415といったHα線に感度の高いフィルムを用い、長時間露出をかけてようやく姿を捉えられるような難物でした。このあたりの事情はデジタル時代になってだいぶ緩和されましたが、それでも難物なのには変わりなく、一部では「レムナント」をもじって「無理ナント」などと呼ばれる始末です。
実はこの天体、昨年の同時期にもチャレンジだけはしているのですが、雲に阻まれて2時間とたたずに撤退に追い込まれているので、そのリベンジになります。
ざっと調べた感じ、都心でSh2-240を狙ったという例はあまりなさそうなのですが、勝算は一応あって、
- F3.6という比較的明るい光学系(BORG55FL+レデューサー7880セット)
- 極狭帯域デュアルナローバンドフィルター(L-Ultimate)
- 20時ごろ~翌5時ごろまで確保できる撮影時間
- 天頂近くまで昇る軌道
- 冬空の透明度
と有利な点は少なくありません。少なくとも、高度が低くて季節的に大気の透明度が悪い上、撮影時間が確保できず、さらにナローバンドフィルターも使えない、アンタレス付近の「カラフルタウン」に比べて難しいということはないでしょう(笑)
ところが、撮り始めた段階(20時ごろ)では、ASIFitsViewで自動レベル調整しても残骸の影も形も見えず。高度が30度程度と低いので、いくらナローバンドといえど大気による減光と光害のダブルパンチで写りが悪いのでしょう。
その後、ターゲットは天頂付近まで昇ってきますが……
うむ、あると言えばあるような、ないと言えばないような……。たしかに噂通り、なかなか難物のようです。それでも、痕跡程度でも写っていればあとは何とかなると信じて撮影続行。
夜明け前には、恒星の色を表現するためにフィルターをL-UltimateからLPS-D1に交換。これで天文薄明開始まで撮影し、夜明けとともに撤収となりました。あの調子だと、ひと晩でどこまで写っているか少々不安ですが……。
ちなみにこの夜は、今シーズン限定の「冬の超大三角」(火星〜木星〜ベテルギウス〜シリウス〜プロキオン〜火星)がよく見えていました。都心といえど、明るい星がこれだけ集まるとさすがに華やかです。
リザルト
撮ったはいいものの、果たしてどこまで写っているか不安だったので、まずはダーク引きやフラット補正を行わない状態で、ライトフレームのみを加算平均合成してみます。この段階で多少なりとも見えていれば、チャンスは十分にありますが……
フラット補正も何もせず、簡単に加算合成しただけだけど、どうやらレムナントは見えていそう。これならなんとかなるかな……? pic.twitter.com/8YBAuijiF2
— HIROPON (@hiropon_hp2) November 30, 2024
うむ。とりあえずは大丈夫そうです。
こうなれば、あとは気合と根性。GraXpertでカブリを除去したのち、星と背景とをStarnet2で分離。星雲を含む背景にはノイズ除去とSilverEfexを用いた強力なストレッチを施します。恒星については、LPS-D1を用いて撮影したものからStarnet2を使って分離するとともに、彩度を強調。これらを合成し、全体の調子を整えて……はい、ドンッ!
2024年11月29日 ミニボーグ55FL+レデューサー0.8×DGQ55(D60mm, f200mm) SXP赤道儀
ZWO ASI2600MC Pro, -10℃
カラー画像:Gain100, 60秒×32, IDAS LPS-D1フィルター使用
ナローバンド画像:Gain300, 300秒×90, Optolong L-Ultimateフィルター使用
ペンシルボーグ25(D25mm, f175mm)+ASI120MM+PHD2によるオートガイド
PixInsightほかで画像処理
「無理」だけど……無理じゃなかった!!
深夜の最微等級が3.0等行くか行かないかという東京都心で、ここまで写れば上出来でしょう。都心からこれを捉えるのは昔からの目標の1つだったので、喜びもひとしおです。
特にOIIIの青緑色を意外とハッキリ出せたのはうれしい誤算。一般にOIIIは光害成分に紛れやすく、コントラストが上がりにくいのですが、上手く処理できた結果でしょう。Hαの赤いフィラメントとOIIIの青緑色のフィラメントが絡まり合っている様子は、同じ超新星残骸であるはくちょう座の網状星雲を連想させます。
ちなみに、Sh2-240は「スパゲティ星雲」という愛称でも知られています。構造が曖昧でごちゃごちゃにこんがらがったプログラムコードを、しばしば「スパゲティコード」と言いますが、おそらくそうしたものからの連想でしょう。あるいは、空飛ぶスパゲティ・モンスター……(笑)
ただ、可能であれば露出はもう少し欲しく、贅沢を言うならあと数晩は撮りためたいところ。とはいえ、「Sh2-240を都心から捉える」という当面の目標は達成できているわけで、後日余裕があれば撮りためていくというスタンスでいいでしょう。
メインの被写体であるSh2-240は、約3000光年離れた位置にある超新星残骸で、約150光年に渡って広がっています。この成因となった超新星爆発が起こったのは数万年前で、あとにはPSR J0538+2817というパルサーが残されています。
写真左下には、Sh2-242という明るいHII領域が写っています。こちらはSh2-240とは関係なく、同星雲中に見える「BD+26 980」という星からの放射によって輝いている散光星雲です。地球からは約6500光年離れています。Sh2-240と比べると非常に明るく、同じ処理を加えると赤色が完全に飽和してしまうので、やむをえずここのみ別に処理を行っています。それでもなお飽和気味なのですが……。
*1:「Simeisカタログ」については、以前書いたこちらの記事を参照。 hpn.hatenablog.com
*2:remnant. 「残骸」の意。