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VSD90SSレビュー(外観編)

先週9月4日の水曜日、とうとう「ブツ」が我が家に到着しました。




レビュー用の機材、ビクセンのフラッグシップ機「VSD90SS」です。


ちなみにこのVSD90SS、メーカー小売希望価格は税込682000円ですが……


自分が撮影用に所有している鏡筒

  • ED103S:163800円(購入時の税込、以下同)
  • EdgeHD800:128000円
  • ミニボーグ60ED:56365円
  • ミニボーグ45ED II:28594円
  • BORG55FL+レデューサー7880セット:128000円
  • MAK127SP:37800円
  • FRA300 pro:132000円

の合計金額(674559円)よりさらに高いというorz 自分としては前代未聞の高級機材です。


ご尊顔を拝し奉り恐悦至極に存じ奉り……( ゚д゚)ハッ!


ありがたさのあまり神棚に祀り上げておきたくなりましたが、そういうわけにもいかないので、以前からの予告通りレビューを始めていきたいと思います。性能は後回しで、まずは外観から。


専用ケース




一番外側のケースですが、高価な鏡筒を収めるのにふさわしく、鍵付きの立派なものです。メーカー希望小売価格(税込)は59400円。素材は以前からビクセン製品で使われている「プラパール」製で、サイズの割に軽量(2.4kg)かつ頑丈です。




専用品なので鏡筒がピッタリ収まるのはもちろん、接眼部の周りに空間があるので電動フォーカサー(ZWO EAFなど)を付けたままでも収まりそう。また、フォーカサーを付けていない場合でも、互いにに傷がつかないよう気を付ければ他のオプション品を納めるのにも使えそうです。


ただ、地味な点を指摘すれば、脚が一方向にしかないのはちょっと不満です。「持ち運ぶ」ことだけ考えれば底面(一番上の写真の下側)にだけ脚があれば十分でしょうけど、鏡筒を取り出すときのことを考えれば、側面(上の写真で底面になっている方)にも脚が欲しいところです。強度的には問題ないだろうとはいえ、白いきれいな外装が地面につきかねないのは気分的に少々抵抗があります*1




手元にある安物のアルミのトランクケースなどでさえそうした構造になっていますし、ここはぜひ検討してほしいところです。


鏡筒本体




ケースから鏡筒を出してみました。丁寧な塗装や、フード先端の衝撃吸収用のゴムなど、VSD100F3.8……ひいてはペンタックスの100EDUF, 100SDUFを彷彿とさせるモチーフで高級感があります。


ただ、ケースから出すにあたり、鏡筒、鏡筒バンドともに手掛かりになるような箇所はなく、サイズの割に重さもそれなり(本体のみで4.3kg)。加えて、後述するようにフードも簡単に回転するので、取り出すときは転げ落ちそうでちょっと怖いです。それこそ同社のSDシリーズや、最近の中華系メーカーの鏡筒のようにハンドルがあると取り扱いがずいぶん楽になるのですが……。


ケースに収まった状態では、写真のようにフードは逆向きに取り付けられています。フードはねじ込み式で簡単に取り外せる*2ので……




フードを外して(右上)キャップを取り外し(左下)、フードを順方向に取り付ければ(右下)使用可能になります。




……が、正直、仕組みとしては少々ビミョーです。フードを屋外でいちいち取り付け、取り外しを行わないといけないのは面倒ですし、フードを外さないとキャップの着脱がほぼ不可能*3というのもちょっと……。ついでに言うと、キャップがややソフトなプラスチック製で、実用上十分とは言え安っぽく見えてしまうのは、製品の格に対してちょっともったいない気もします。


スライド式のフードは、フード内部や鏡筒に傷をつけるおそれがあるので採用しなかったと聞いた覚えがありますが、高橋製作所はじめ他社が普通に採用している方法であり、そこまで問題になるものか?とは思います*4。スライド式ならば、キャップもフード先端に付ける従来の形で大丈夫なはず*5ですし、取り扱いはより簡単になるだろうと思います。




手元のED103S(SD103S II)と並べてみました。口径がやや小さいながらも、VSD90SSはED103S(SD103S II)と鏡筒の太さが同じで、長さもずっと短くずんぐりしているのがよく分かります。この写真だと見えませんが、ドローチューブもひと回り以上太くなっています(60mm VS 84mm)。重量はED103S(SD103S II)の3.6kg(本体のみ)に対して4.3kg(本体のみ)とむしろ重くなっています。レンズ枚数が2枚→5枚と大きく増えていますし、当然の重量差でしょう。




ちなみに艶消し塗装は、肉眼で見る限りでは両者に大きな違いはなさそうでした。上の写真だと微妙に色調が違うように見えますが……写真の加減という以外に、例えばわずかに波長ごとの反射率が違うとか、赤外域に対して特性が違うなどといった可能性はあるかもしれません。





内部の艶消し構造は上々。絞りだけでなく、細かく刻まれた横溝も迷光防止に一役買っています。



ここからは部分部分を見ていきます。まずは接眼部から。




最も特徴的なのは、左手に見える「ドローチューブクランプ」という小さなレバー。これはドローチューブのラックギアを直接固定する仕組みで、おそらく高橋製作所のFSQ-106EDPなどで採用されているのと同様のものです。写真は開放状態のもので、ロックする場合は手前に倒します。


従来の鏡筒は、ドローチューブ本体をねじで横から押さえることで固定していましたが、これだと重量級の機材を取り付けたときに滑ってしまう可能性がありますし、わずかとはいえ構図や光軸がずれる可能性もありました。今回のこの仕組みなら、そうした危険性は回避できます。固定は軽い力で確実にでき、使い勝手は非常に良いです。


また、ギアボックスには複数のネジ穴が用意されていますが、左右の4つ(プラスねじ装着済)は同社の「デュアルスピードフォーカサー」を取り付けるためのもの*6、そして中央に横に並んだ2つは、ZWOのEAFなど他社製電動フォーカサーを取り付けるためのものです。後者は他社との互換性も見据えたもので、これまで囲い込みをやりがちだったビクセンとしては画期的と言えます。


ピントノブの動きは非常にスムーズ。変なバックラッシュの類も特に感じられません。




接眼部上面には、ファインダー用アリガタなどを取り付けるためのねじ穴が左右に設けられています。標準ではファインダーは別売りですが、こういうスタイルだと色々と応用が効くので助かります*7




ドローチューブの繰り出し量は33mmほどと極端に大きくはありません。しかし、特に冷却CMOSを用いる場合などはフランジバックがそもそも小さいこともあり、機材を挟み込むための筒外距離は十分稼げるでしょう。なお、ドローチューブを全部繰り出しても、同社SDシリーズのようにラックギアが外に露出するようなことはありません。




ドローチューブから先は複数のリングが複雑に組み合わさります。まず、最も対物側に来るのが「M84延長筒」。ドローチューブをそのまま延長するリングです。一見、「これで延長するくらいなら、その分ドローチューブを長めに作っておけばよいのでは?」と思ってしまいますが、別売の「レデューサーV0.71x」はこれを取り外して本体に直接ねじ込みますし、逆に「レデューサーV0.79x」の方は、このリングを介して取り付けるので、こうした分割構造は必須です。




次に「スケアリング調整リング」。対物側がM84ねじ、接眼側が60.2mmスリーブになっています。このリングには、六角レンチで回す押しねじと引きねじが備わっていて、スケアリングを調整することができるようになっています。ただ、実際にカメラを装着するとねじを回すのが物理的にやりにくい*8こと、鏡筒のF値が極端に明るくはない(F5.5)こと、この鏡筒自体、ピントのずれなどに比較的寛容なことなどを考えると、この機能が必要かどうかは議論のあるところかと思います。




ここに差し込むのが「60.2-M60リング」。対物側の固定がねじ込みではないので、「スケアリング調整リング」と「60.2-M60リング」との接続部分で構図の回転ができることになります。ここから先は、SD103S IIなどでも使われているM60での接続になるので、「直焦ワイドアダプター60DX」などを繋ぐことが可能になります。




そうそう、「直焦ワイドアダプター60DX」といえば、CP+ 2024でも展示されていた「直焦ワイドアダプター60DX for 48mm」も同梱されていました。内側リングから直接48mmねじが生えている形なので、消費される光路長は最小で済みそうです。冷却カメラを使うならぜひとも利用したいところですが……それならば同時に、ぜひ補正レンズ類のバックフォーカスや各パーツの光路長などを公開してほしいところです*9。光路長など、手で測ると誤差が出る上に面倒で面倒で……(^^;




なお、この「60.2-M60リング」の対物側には58mmのフィルターねじが切られていて、ここに市販のフィルターを取り付けることが可能です。




ただ、天文用途において58mmのフィルターというのは、あまり一般的ではありません。48mmや52mmのフィルターを使うには「直焦ワイドアダプター60DX」の内側に「M56フィルター変換アダプター48/52」を噛ませるなど、別の手段を講じた方が良いでしょう。




一方、「スケアリング調整リング」の60.2mmスリーブに差し込むものとしては「VSD60.2-50.8アダプター」もあります。これは60.2mmスリーブを50.8mm(2インチ)スリーブに変換するもの。これを使えばフリップミラーなど2インチのパーツを固定できます。側面には穴が3つ空いていますが、ここから「スケアリング調整リング」側の固定ねじが貫通してくる形です。




フリップミラーを取り付けてみた限りでは、固定はしっかりしていてグラつくようなことはありませんでした。




「60.2-M60リング」の先には眼視用のパーツも付けられます。付属しているのは「M60-42Tリング」「42T延長筒」「接眼アダプター42T-31.7」の3つで、用途に応じてこれらを組み替えて使います。




感心したのは「接眼アダプター42T-31.7」のアイピース固定ねじがナイロンチップ内蔵のものだったこと。こうしたねじを使うと固定力が上がるうえに、相手に傷もつきにくくなりますが、コスト上昇を嫌ってか採用してくれるところは意外とありません。「スケアリング調整リング」の固定ねじもナイロンチップ内蔵ですし、なかなか気が利いていると思います。


鏡筒バンド


鏡筒バンドは専用の「VSD鏡筒バンド115S」を用います。メーカー希望小売価格(税込)は28600円。




最近様々なところで見られる、手回しネジで固定できるタイプのバンドです。アルミの削り出しで、固定力は十分な感じ。鏡筒などの傷つき防止のためなのか、ねじを外した時も金具が一定以上開かないようになっているあたり、凝っているなという感じがします。


なお、個体差かもしれませんが蝶番の動きは固めで、鏡筒側を押さえずにバンドを開こうとすると、鏡筒ごと転がりそうになります。動き自体は滑らかで、「動きに節度がある」と言えばその通りですが、ちょっと固すぎる気はします。




バンドに開けられている穴は、下面がM8用のバカ穴が2つ(35mm間隔)、中央線上に1/4インチねじ穴、四隅にM6ねじ穴、左右にM8ねじ穴という形。バカ穴2つは、鏡筒に接する側がザグられている上に貫通していて、これによって架台に直接鏡筒を固定することも可能になっています。ただ、今回は1/4インチねじを用いる形で「デュアルスライドバー」が取り付けられていました(標準装備品ではありません。念のため)。これにより、ビクセン規格のアリミゾによる固定が可能になります*10




一方の上面は、中央に1/4インチねじ穴、四隅にM6ねじ穴、十字状にM8ねじ穴が並び、中央両脇にはファインダー用アリガタを取り付けられるM4ねじ穴が20mm間隔で並んでいます。これらはいずれも貫通はしていません。


と、ここでやや疑問なのが上面のねじ穴配置です。M8のような太いねじは鏡筒の固定などにしばしば使われますが、逆に言うとそれ以外ではあまり使われません*11。一般に、アクセサリなどの固定に使われるのはもっぱら1/4インチねじやM6ねじが多いので、個人的にはM8よりもそれらの穴が開いていてくれた方が助かったかなと思います。


ただ、使い方は人によって千差万別なので、中には「便利だ!」という人もいるかもしれません。


レデューサー


レビュー機材にはVSD90SSで使えるレデューサーが2種類同梱されていました。





「レデューサーV0.79x」(左)と「レデューサーV0.71x」(右)です。ちなみにメーカーの希望小売価格(税込)はそれぞれ88000円と148500円。どちらも、ビクセンとしては超ド級の補正レンズです*12


「レデューサーV0.79x」は本来「VSD100F3.8」とあわせるために開発されたレデューサーで、「VSD90SSでも・・使える」という立場の製品です。レンズ構成は3群3枚で、重さは330g。焦点距離はVSD90SSに使った場合、495mm→391mm(F5.5→4.3)となります。


一方の「レデューサーV0.71x」はVSD90SS専用に開発されたレデューサーで、レンズ構成は4群4枚(うちEDレンズ2枚)という非常に贅沢なレンズです。重さは実に589gにも達し、下手な望遠鏡の対物ユニットよりよほど重いです。焦点距離はVSD90SSに使った場合、495mm→351mm(F5.5→3.9)となります。





見て分かるように、6cm近くもあるレンズ径は「レデューサーV0.79x」(左)と比べても大きく、周辺光量も豊富そうです*13


これらのレデューサーで特徴的なのは、いずれもスケアリング調整用の押しねじ、引きねじを備えているところで、ユーザーによるスケアリングの調整が可能となっています。しかし、先に「スケアリング調整リング」のところでも書いたように、この機能が必要かどうかはいささか疑問。さらにこれらのレデューサーの場合、装着したままの調整もできない*14ので、作業はより困難になります。


「調整可能」というのは、裏を返せば「狂う余地がある」ということ。ユーザーが手を出すとドツボにはまるのはほとんど目に見えていますし、なまじ調整の余地を残すくらいなら、きっちり固定してしまった方が良かったような気がします。それにぶっちゃけ、スケアリングに問題が出るとしたら、鏡筒よりもカメラ側に問題がありそうな……。あくまで個人の感想ですが(^^;



……と、外観の印象はこんな感じです。細かい仕様面のツッコミどころはいくつかあるものの、操作性は総じて非常に良さそうですし、光学性能にも十分に期待させるものがあります。実際に使った時の性能がどんなものか、次回以降に見ていくことにしましょう。


【注】本記事の利益相反について


本職が研究者ということもあり、硬い話ですが最後に一応「お約束」として。


一般の方にはあまりなじみがないと思いますが、利益相反」(Conflicts of Interest: COI)というのは、研究者が企業などから研究資金等を提供してもらうことによって「研究結果が特定の企業にとって都合のよいものになっているのではないか?」「研究結果の公表が公正に行われないのではないか?」などの疑問が第三者から見て生じかねない状態のことを指します。本記事を含む一連のレビューは「研究」ではありませんが、似たような疑念を生じさせかねません。そこで、以下のことを明確にしておきます。


本記事を含む「VSD90SS」の一連のレビューにおいては、「天文リフレクションズ」様を通じ、「株式会社ビクセン」様より「VSD90SS鏡筒」、「VSD鏡筒バンド115S」、「レデューサーV0.79x」、「レデューサーV0.71x」、「VSD90SS鏡筒ケース」、「デュアルスライドバー」、「直焦ワイドアダプター60DX」、「直焦ワイドアダプター60DX EOS用」、「直焦ワイドアダプター60DX for 48mm」、「M56フィルター変換アダプター48/52」以上10点の提供を受けて実施しています。


しかしながらレビューに用いるこれらの機材を除き、「天文リフレクション」様、「株式会社ビクセン」様のいずれからも、いかなる形の資金・物品提供、利益供与、記述内容の検閲等も一切受けておりません。機材提供者等の利益や意向に影響されることなく、本レビューを(いち個人のできる範囲に置いてですが)公正かつ適正に実施することをお約束いたします。

*1:厳密には、外枠のアルミフレームの方が1mmほど高いので、完全に平坦な場所なら腹はつかないはずですが。

*2:半回転ほどで外れます。

*3:なので、専用ケースの使用・不使用にかかわらず、片付けの際にはフードを外す操作が必須になります。

*4:というか、フードのねじ込み部分の塗装や接触部分のフェルトが早晩ボロボロになりそうです。

*5:そもそも、大元の100SDUFなどもキャップはフード先端に付けるタイプだったような……。

*6:テスト品ではすでに取り付け済

*7:自分の場合、左が「利き目」で、右目は視力的にもほとんど使い物にならないので、ファインダーが左側にあると猛烈に使いづらいのです。

*8:特に、カメラ側を向いている押しねじについて、六角レンチの抜き差しがスペース的に非常に厳しくなる。

*9:なので、今回の一連のレビューでは基本的にEOSマウントを介して接続しています。

*10:「薄型アタッチメントプレート規格」(≒アルカスイス互換)のプレートに取り付けることも理屈の上では可能ですが、重量を考えると全くお勧めできません。なんで今回は、VSD90SSにこのスライドバーを組み合わせたんだ……。

*11:あり得るとしたら、せいぜい同社の「プレートホルダーSX」など、アリガタを固定するくらいでしょうか……?

*12:特に後者。これ1個で、冒頭に挙げた所有鏡筒のどれよりもうちED103S以外のどれよりも高いんだぜ……orz

*13:装着位置が「レデューサーV0.79x」よりも対物側に近く、そもそも光束が太いという事情もあるかと思いますが。

*14:直後に直焦アダプターが付くので、ネジが隠れてしまう。