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【悲報】アトラス彗星(ほぼ)終了のお知らせ

先日、アトラス彗星の挙動が不穏だという話題を取り上げましたが、海外からの報告で、どうやら核が分裂してしまったのは確かなようです。
www.astronomerstelegram.org



さらにラ・パルマリバプール望遠鏡(口径2m)での観測でも、核が3.5秒角に伸びており、またその中に明るさのピークが2つ観測されたとのこと。
www.astronomerstelegram.org


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実際、最新の光度データをプロットしてみると光度の下降傾向は明らかで、大彗星はおろか、今後消滅してしまう可能性すら出てきました。一般の方を含め、みんなが楽しめる彗星としては、残念ながら事実上「終わった」と見ていいでしょう。



ところで、太陽に接近するにつれ、熱や潮汐力で核が崩壊して彗星が消滅してしまうのは珍しいことではありません。


核が崩壊するパターンで消滅した彗星としては、ビエラ彗星(3D/Biela)が有名です。この彗星は1772年に発見された、公転周期6.6年、近日点距離0.88天文単位の周期彗星です。この彗星は発見後、規則正しく観測されていたのですが、1845年12月、核が2つに分裂するのが観測されました。そしてその次の出現時、1852年には2つの彗星が少し異なった軌道上を動いているのが観測されたのですが、それっきりこの彗星は姿を消してしまいました。


ところが、3公転後の1872年11月27日、地球がこのビエラ彗星の軌道近くを通ったとき、アンドロメダ座の方向を中心に突然大流星雨が出現したのです。この流星群はその後、1885年、1892年にも現れましたが、20世紀にはいると活動は見られなくなりました。
 
 
ビエラ彗星は1805年12月9日に地球から0.037天文単位にまで接近するほど、地球に近い軌道を通っていました。そのため、核が分裂したときに放出されたチリが地球大気に飛びこみ、流星雨となったのでしょう。なお、今回のアトラス彗星の場合、軌道傾斜角が大きく、地球の軌道とは近接していませんから、流星雨が出現する可能性はほとんどないでしょう。



核が崩壊した最近の例では、タイバー彗星(C/1996 Q1)リニア彗星(C/1999 S4)、そしてアイソン彗星(C/2012 S1)が有名です。


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先のエントリーでも挙げたタイバー彗星(C/1996 Q1)は地球に0.41天文単位まで接近し、肉眼彗星になるのではないかと期待されていました。この彗星の場合、明るさに関してはちゃんと5等くらいにまで明るくなったのですが、近日点を通過する半月ほど前、太陽との距離が0.9天文単位に差し掛かったあたりで、核が直線状に伸びるのが観測されました。結局この彗星の場合、その後1ヶ月ほどで拡散し、消滅してしまいました。タイバー彗星自身、1988年に現れたリラー彗星(C/1988 A1)の破片ではないかと言われており、もともと壊れやすいタイプの核だったのだろうと思われます。



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また、リニア彗星(C/1999 S4)は近日点距離こそ0.77天文単位とやや大きいものの、近日点を通過する2000年7月下旬には地球に0.37天文単位にまで近づくため、これも肉眼彗星になるものと期待されました。


実際には、太陽との距離が1天文単位を切る6月下旬くらいから増光が極端に鈍くなり*1、結局、地球に最接近した頃でも6~7等の暗い彗星に終わってしまいました。しかし、明るさこそふるわなかったものの、リニア彗星はかなり活発な活動を見せました。7月の頭には、核が小バーストを起こして明るくなるのがハッブル宇宙望遠鏡から観測されてますし、7月21日ごろには突然、長さが1度におよぶ、明るいイオンテイルが現れました。


ところが、破局は地球に最接近した23日過ぎに訪れました。それまで丸く集光していた核が、太陽と反対方向に伸び始め、紡錘形になっていくのが捉えられたのです。それと同時に、彗星そのものの明るさも急激に暗くなっていきました。上の光度曲線を見ても、近日点通過直前に、明るさが急降下しています。恐らく、彗星の核が粉々に砕けてしまったのだろうと思われます。


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https://www.nao.ac.jp/gallery/comet-linear.htmlより)

タイバー彗星やリニア彗星については、国立天文台でも崩壊の様子を捉えていますが、鋭く集光していたコマが一気に薄くなり、崩壊していくのが一目瞭然です。



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アイソン彗星(C/2012 S1)は、みなさんも記憶に新しいところでしょう。発見当時、木星軌道付近で見つかったにもかかわらず比較的明るかったこと、また太陽に極端に近づく(近日点距離187万km)軌道を描くことから、一時は最大でマイナス13等にもなるモンスター彗星になるのではないかと期待されました。


しかし、彗星は2013年に入ってから増光のペースがすっかり鈍ってしまい、太陽接近前の見頃とされる11月ごろでも3等台と、パッとしない明るさでした。加えてアイソン彗星の場合、核も予想よりはるかに小さかった(直径500m以下)らしく、太陽最接近時に熱と潮汐力に耐えられずに崩壊・消滅してしまいました。SOHOからの画像の前で肩を落とした方も多かったことでしょう。



今回のアトラス彗星の場合、今のところ粉々にまでには崩壊はしていないようなので*2運が良ければ、崩壊し残った核が再び彗星活動を始めて明るさを増す可能性もゼロではありません。それでも肉眼等級に達するかどうか難しいところかと思います。


思えば、遠方にあった時の活動があまりに激しすぎました。異常な活動で明るさに下駄をはかされていた形だったわけで、おそらくは想像以上に小さな核だったのでしょう。

*1:オールトの雲由来のバージンコメットでよく見られる現象です。

*2:分裂らしきものが最初に捉えられたのが3月31日ごろですが、それから1週間も持ちこたえています。

【速報】アトラス彗星がピンチ!?

久々の大彗星かと期待されているアトラス彗星ですが、少し心配なニュースが飛び込んできました。



コメットハンターとして有名なテリー・ラブジョイ氏のツイートですが、最近の彗星像がやや暗くなりつつあるとのこと。氏は"not a good sign"と言っていますが、たしかに、氏の撮った写真を見ると、3月31日から輝きがやや減退しているように見える上に、コマがやや▽の形に伸びているような気もします。


そこで、例によってComet Observation Databaseで公開されている観測データをもとに光度曲線を描いてみました。


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……うむ。たしかにちょっとマズい感じです。ここ数日、光度が停滞しているどころか、むしろ若干下がっているような気もします。これが気のせいだったり、一時的な現象ならそれほど心配ない*1のですが、最悪のケースとして核が崩壊し始めた可能性も否定しきれません。


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核が崩壊した例として思い出すのは、タイバー彗星(C/1996 Q1)です。当時、肉眼彗星になるのではないかと期待されていて、順調に光度を伸ばしていたのですが、太陽まであと1 auというところで急に光度の伸びが停滞。その後、核が直線状に伸びていくのが観測されるとともに、光度が逆に下がっていって1か月ほどで見えなくなってしまいました。


アトラス彗星は太陽までまだ1.4 auありますし、明確に核が伸びるのが観測されたわけでもないので慌てる必要はないとは思いますが、光度カーブの形状はよく似ていて、ちょっと心配なところです。


また、アトラス彗星は核が脆そうというのも不安材料ではあります。C/1844 Y1と分裂した「前科」もありますし、遠方での活動が「異常に」活発だったのも、核が脆くて物質放出が盛んだったと考えれば、ある程度納得できるような……。上で「核が崩壊した例」として引用したタイバー彗星(C/1996 Q1)も、リラー彗星(C/1988 A1)の破片ではないかと言われていて、そのへんの符合もイヤな感じです。



ともあれ、現時点ではまだ確定的なことは何も言えません。客観的な事実としては「Lovejoy氏の写真でコマの形がちょっと変」、「光度がほぼ完全に停滞している」だけです。どうにか無事に、5月に雄大な姿を見せてほしいものです。


※光度グラフはComet for Windowsで作成しました。また、各彗星の光度データはComet Observation Databaseに集積されているデータを参考にしています。

*1:それでも、おそらく予想最大光度は引き下げざるをえないかも……。

金星とプレアデス星団の接近


おうし座の散開星団プレアデス星団(M45, すばる)は黄道に近い位置にあるため、しばしば惑星と大きく接近します。そして4月3日は、まさにプレアデス星団と金星とが大接近する日でした。


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プレアデス星団と金星の接近はおおよそ8年おきに発生しますが、比較的珍しい現象には違いないので、日没くらいに機材を自宅前に展開し、「記念写真」を狙いました。


プレアデス星団の明るさは、構成する星の中で最も明るいアルキオーネが2.85等。一方、現在の金星は東方最大離角を過ぎて最大光輝に向かっているところで、明るさは-4.4等。実に767倍もの差があります*1。これほど差があっては、プレアデス星団の微細な表現など金星の光に邪魔されてとても無理ですし、そもそも金星をある程度点状に写すためには露出をかなり控えなければなりません。


だとすれば、赤道儀はごく簡素なものでいいはずで、赤道儀化AZ-GTiや年初に譲ってもらったスカイパトロール(旧型)で十分間に合うはずなのですが、いずれも試運転程度の運転しかしておらず、いきなり実戦投入は怖い……というわけで、SXPを引っ張り出してきました。


撮影を始めてみると、金星の明るさが想像以上に凄まじすぎて、プレアデス星団の星が本当に写っているのかどうかの確認さえ困難です。おまけに、薄雲が頻繁に横切ります。


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ISO100, 60秒露出の撮って出しはこんな感じ。金星の光が圧倒的すぎて、プレアデス星団がまるで目立ちません。


ここでちょっと面白いのは、金星のハロが左上~右下方向を長軸とする楕円形に見えている点です。初めは、金星が半月型に欠けているせいかと思ったのですが、欠け際の方向はむしろ短軸方向に近く、つじつまが合いません。


この写真は赤道座標に沿って撮影しています*2が、地上座標に戻すと長軸はまさに垂直方向に相当します。つまり、地上から見た場合、縦長のハロというわけです。


これはもしかすると「楕円ハロ」と呼ばれる光学現象に近いものかもしれません。薄雲の中の氷晶がいたずらをしたとすれば、一応の説明はつきますね。
rainbowmustache.jimdofree.com
www.atoptics.co.uk
www.atoptics.co.uk


ともあれ、60秒露出のコマだけでなく、気休めですが30秒露出のコマも確保して撮影終了です。


撮影したコマは露出秒数ごとに加算平均でコンポジットしたのち、それぞれを加算コンポジットして、HDR的な処理を目指します*3。そして出てきた結果がこちら。


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2020年4月3日 ミニボーグ60ED+マルチフラットナー1.08×DG(D60mm, f378mm) SXP赤道儀
Canon EOS Kiss X5 SEO-SP3, ISO100, 露出60秒×16コマ+30秒×16コマ
ペンシルボーグ(D25mm, f175mm)+ASI120MM+PHD2によるオートガイド
ステライメージVer.7.1eほかで画像処理

とりあえず、プレアデス星団の存在は分かるので良しとしましょう。記念写真としては十分でしょう。



ちなみにですが、上で書いたようにプレアデス星団と金星の接近はおよそ8年ごとに起こります。この先の接近を確認してみると、2060年4月4日の夕方がなかなかすごいです。


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なんと、直径7度の視野内にプレアデス星団と月齢3.3の月、金星、木星土星がすべて入ってしまうのです。双眼鏡で観望するのにちょうどいい集まり具合で、かなりゴージャスな眺めになりそうです。40年後か……ギリギリ生きてるかな?

*1:2.5^(2.85+4.4)

*2:上が天の北極

*3:本来なら2倍どころではなく4倍くらいの露出の差をつけた方が効果的なのでしょうが、そこはまぁ、あまり本気じゃなかったということで。