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抗生物質の使用について

なんか、先日の夏風邪ひいたときの記事に対して、ここらへんで噛み付かれてるみたいなんで、補足みたいなものを。
私の今回の症例、ただのウイルス性の風邪だけであれば、抗生物質の処方はまったくのムダであり「耐性菌発生の温床」という指摘ももっともだ。また細菌感染であったとしても、ごく軽微なものであれば、これも抗生物質の使用はさして必要ないだろう。放っておいても、おそらく免疫系の働きで数日内に治ってしまうだろうから。
が、今回の場合、まず、風邪本体の症状が治まった後も一週間以上、黄色い膿性の鼻汁が観察される等しており、細菌の二次感染が起こっていることが明らか。さらに私の場合、鼻腔と副鼻腔をつなぐ自然孔が生まれつき狭いために、ひとたび炎症が起こると副鼻腔炎から重度の慢性副鼻腔炎(いわゆる蓄膿症)に移行しやすいという事情がある。過去にも、排膿不良のため、手術を行わざるをえなかったこともあるくらい。このように細菌感染が明確で、かつ放置した場合に重症化するリスクが高い場合、抗生物質の投与は当然の選択であろう。*1


ちなみに耐性菌の出現要因であるが、病院での不必要な抗生物質の投与や患者の服薬コンプライアンスの低さ(ウイルス性の風邪で抗生物質を処方する、処方された抗生物質を全量飲みきらず自己判断で服薬を中止する等)なども大きな一因には違いないが、家畜などに予防的に投与される抗生物質の影響も無視できない。ちょっと古いデータだが、日本国内で動物用医薬品や飼料添加物として用いられる抗生物質は、農林水産省こちらの資料などによれば2000年ごろにおいて、人間に医薬品として処方されている量の実に2倍以上に達する。これらの抗生物質は動物用といえど基本骨格は人間に用いられるものと共通しているものが多く、しかも、これらは生産性向上の目的で予防的に漫然と投与されているのが実態である。さすがに日本や欧米では規制が強化されつつあるが、それでも生産者団体の反発などもあり、なかなか一筋縄ではいかない模様。中南米やアジアの中進国あたりならいわずもがなである。
ただ、家畜への抗生物質の投与は生産性向上に役立っている面はあり、一方的に全否定するわけに行かないのも確か。極端な話、もし動物への抗生物質投与が全面禁止でもされれば、食肉や鶏卵の流通量は激減し、価格が高騰するのは間違いない。人への投与にしても、致命的な症例や細菌感染が絶対確実と証明できる症例以外は抗生物質を使わないということにでもなれば、各種の感染症におびえていたサルファ剤やペニシリン登場前の暗黒時代に逆戻りで、QOLの著しい低下を招くことだろう。不必要な抗生物質の使用*2はできる限り慎むべきであるし、抗生物質の正しい使い方を啓蒙していくことは必要であるが、耐性菌の出現を危惧するあまり抗生物質の使用を過度に忌み嫌うだけでは、現在の生活は成り立たないであろう。何事もそうであるが、メリットとデメリットをどこでバランスさせるか、慎重な見極めが必要である。

そして地球上で抗生物質が医療や産業に使われる以上、今後も新しい耐性菌は出現し続けるし、治療を完全に放棄するのでもない限り、耐性菌との戦いは続けていかざるをえないのである。残念ながら。

*1:まぁ、もしそれでもなお「命にかかわる病気以外、抗生物質は一切使うな」とでも主張する人がいるようなら、これはもう仕方がない。生暖かい目で見守っててあげるので、一度、蓄膿症と、併発する頭痛、頭重感、不眠、気管支炎等々で数年間苦しんでみるといい。とりあえず、私はもう、あんな思いはたくさんだ。

*2:ただ、現実問題としては、何をもって「不必要」というかは難しいところ。理想を言えば、患者検体から病原菌を単離し、各抗生物質に対する感受性を確認した上で処方する抗生物質を決定すべきなのであろうが、急性の転帰を取るような感染症では間に合わないだろうし、そもそも一般の病院で日常的にこうした検査を行うのは、技術的にも時間的にもコスト的にも不可能なのは自明である。私は医者ではないが、抗生物質の抑制的な使用を心がけていたとしても、ある程度の見当をつけて(言葉は悪いが)「えいやっ!」で処方せざるをえない場面も少なくないと想像する。