5月に明るくなるのではないかと期待されているアトラス彗星(C/2019 Y4)。発見以降、異常ともいえる速度で明るさを増していましたが、3月半ばくらいから増光の速度が明らかに鈍ってきました。
鈍ったタイミングは、彗星が太陽から1.8天文単位(au)にまで近づいてきてからで、おそらく揮発物質がそれまでの二酸化炭素等から水に切り替わったのではないかと思われます。

Comet Observation Databaseで公開されている観測データをもとに光度曲線を描いてみると、明るさの停滞は明らかです*1。3月半ば以降の観測データだけを用いて光度曲線を予想すると、単純には青色のカーブになりますが、さすがにこれは低く見積もられた一部の観測データに引きずられすぎの気がします。実際には、赤色のカーブのような変化を見せるのではないでしょうか。4月中に肉眼等級に達しているかどうかが1つの目安になりそうです。
とりあえず赤いカーブに従うと仮定すると、5月に入った時点で5等台、5月半ばに2等台、そして近日点通過時には0等台に達しそうで、感覚的にも妥当な明るさかなという気がします。

5月中のアトラス彗星の動きですが、5月20日ごろまでは夕方の空で比較的見やすいです。下の図は日没30分後の空ですが、北西の空で明るさを増しながら急速に高度を下げていきます。高度が10度を切る5月20日ごろは1~2等くらいでしょうか。

この後は、明け方の空の方が見やすいです。こちらは同じく日出30分前の空。彗星は10度以下の高度を保ったまま、地平線上を這うように動いていきます。5月26日は、この時点で高度が6.5度。順調に増光していれば0等台に突入していて、おそらくこのあたりが無理なく観望できる限界近いのではないかと思います。そして近日点通過後は、日出時、日没時とも日本からは見えなくなります。
ところで「近日点付近で0等程度」というと、比較的最近来たあの彗星を思い出します。そう、C/2011 L4ことパンスターズ彗星です。

こちらはアトラス彗星の光度予想カーブとパンスターズ彗星の光度変化を同スケールで並べてみたもの(横軸は近日点通過時からの日にち)ですが、両者はよく似ているように見えます。*2

上は、2013年3月におけるパンスターズ彗星の日没30分後の動きですが、高度10度前後をうろついているあたりも似ています。近日点通過は3月10日で、この頃には0等台に達していますが、Twitter上の報告をあさってみると10日は高度が低いために報告は少なく、やはり高度が10度に近づいてから報告がグッと増えてきます。
togetter.com
こうしてみると、アトラス彗星の見え方については、パンスターズ彗星の見え方がある程度参考になりそうです。当時、私は3月12日に観測、撮影していますが、0~1等程度の明るさがあったはずにもかかわらず、日没後40分ほどたってからでないと発見できず、また、見かけの大きさもかなり控えめで、決して「大彗星」という雰囲気ではありませんでした。
hpn.hatenablog.com
ただ、パンスターズ彗星と比べると、アトラス彗星に有利な点もいくつかあります。
まず、彗星と地球の距離が近いです。見ごろの頃の地球-彗星間の距離を見ると、パンスターズ彗星が約1.1 au(3月10日~15日ごろ)あるのに対し、アトラス彗星は0.8 au前後(5月20日~25日ごろ)と、30%以上近いのです。その分、彗星はより大きく見えることになります。もちろん、大きく広がって見える分、逆に淡く見えてしまう可能性もあるのですが……この程度の差ならそれほどひどい影響はないでしょう(と思いたい(^^;)。
そして、彗星と太陽の距離が近いです。パンスターズ彗星の近日点距離は約0.3 auでしたが、アトラス彗星は約0.25 auと、太陽により接近します。その分、太陽に強くあぶられるので、より活発に物質を放出する可能性があります*3。
また、過去にC/1844 Y1と分裂した経歴を考えると、意外ともろい核かもしれず、太陽接近時に再度分裂する可能性があります。運よく近日点通過前に適度に分裂してくれると、ダストを大量に吐き出して、ウェスト彗星みたいな派手なことになる可能性もゼロではありません。
近日点通過後は日本から観測できなくなってしまうのが惜しいところですが、今からじたばたしても仕方ありませんので、時期が来るまではおとなしく静かに期待しながら待ちたいと思います。
※光度グラフはComet for Windowsで、星図はステラナビゲータ11(アストロアーツ)で作成しました。また、各彗星の光度データはComet Observation Databaseに集積されているデータを参考にしています。