先日、Twitterでちょっと面白いツイートを見かけました。
そういえば、この前の星空案内人の講座であった植物の星座は無いっていうのなんでなんですかね?
— でるた (@sankakuzassou) 2017年10月17日
……言われてみれば、たしかにその通りです。
植物単体の星座はもちろん、植物の「部分」であっても、おとめ座の星座絵で女神アストライア(大地母神デメテルとも)が手に持つ麦の穂、ヘルクレス座の星座絵でヘーラクレースが手に捧げ持つ黄金のリンゴの枝、はと座の星座絵で鳩がくわえているオリーブの枝、きょしちょう座の星座絵でオオハシが加えている何かの小枝の4つだけしかありません。
おとめ座(Johann Bayer "Uranometria"より)
ヘルクレス座(同上)
はと座(同上)
きょしちょう座(同上)
ヘーラクレースが持っているリンゴの枝などは、ヘルクレス座だけでなくりゅう座、うしかい座の神話*1とも関係がある「ヘスペリデスの園の黄金の林檎」*2のもので、この木はギリシア神話の中では有名なものの1つですから、これ単独でもっと立派な星座になっていてもおかしくないと思うのですが……。*3
また、南半球の星座には南方の珍しい動物に題材をとったものがありますが、ここでもなぜか植物は出てきません。
「西洋星座の大元が生まれたのは草木の比較的少ない中近東なので、植物の星座が生まれなかったのだ」という意見も見たことがありますが、別に草木1本生えてないわけではないですし、ナツメヤシのような重要な植物も身近です。しかも、星座は上に書いたようにギリシア神話起源のものや後世に追加されたものもありますから、それだけが原因とは考えにくいかと思います。
廃止された星座たち
では、西洋星座に植物が全くないかというと、実は現在では廃止された星座の中にいくつか存在します。
1つは「チャールズの樫の木座」(Robur Carolinum)。ハレー彗星の出現を予言したことで有名なエドモンド・ハレーがイギリス国王チャールズ2世をたたえて1679年に作った星座です。
「アルゴ座」と「チャールズの樫の木座」(Johannes Hevelius "Prodromus Astronomiae"より)
清教徒革命(1641〜1649年)ののち、チャールズ2世がイングランド王への復位を目指して挙兵するのですが、オリバー・クロムウェル率いる議会軍相手に大敗を喫します(ウスターの戦い(1651年))。このとき、命からがら逃げだしたチャールズ2世は、大きなオークの木に隠れて敵軍の追っ手をやり過ごしたという逸話があるのですが、これを記念したものです。
当時はこうして時の権力者の栄誉をたたえて星座を作って捧げるということがよく行われていましたが、これもその1つです。
「チャールズの樫の木座」があったのは現在のりゅうこつ座の付近。上に引用したヘヴェリウスの星図では、アルゴー船になぎ倒される木として描かれています*4。しかし、ほとんど使われなかったため、ほどなく自然消滅しています。
もう1つは「百合座」または「百合の花座」(Lilium)と呼ばれる星座で、フランスの科学者イグナス・ガストン・パルディが1674年ごろ制作し、同じくフランスのオギュスタン・ロワーエが1679年に命名したものです。これも時の権力者フランス国王ルイ14世をたたえるための星座で、ブルボン王朝の紋章であるユリの花の紋章をかたどったものです。正確に言えば紋章が星座になっているものなので、植物の星座というとやや語弊があるかもしれません。
百合の花座(「おひつじ座」の上方)(Ignace-Gaston Pardies "Globi Coelestis"より)
おひつじ座とさんかく座の間にありましたが、これも早々に廃止になったようです。
このほか、変わったところではドイツのユリウス・シラーという人が1627年に出版した「キリスト教星図」(Coelum Stellatum Christianum)に出てくる星座があります。
この星図は星座のモチーフをキリスト教由来のものに置き換えた星図で、例えばこぐま座は大天使ミカエルに、アンドロメダ座はキリストの棺になっていたりします。
この中に「いばらの木」と「神秘のバラ」という星座が登場します。それぞれへび座とこうま座に相当する位置に描かれています。
「聖ベネディクト」と「いばらの木」(Julius Schiller "Coelum Stellatum Christianum"より)
「カナの水瓶」と「神秘のバラ」(同上)
もっとも、この星図に描かれた星座は大きく広まることはなかったため、これらの星座も当然普及はしませんでした。
とにかく、古今問わず、西洋星座に植物が少ないのは確かなようです。
中国の星座は?
では、視点を変えて中国の星座はどうでしょう?
中国の星座はちょっと独特で、西洋星座が星をつないで物をかたどるのに対し、中国星座は形についてはお構いなしです。これは、星座の目的が「皇帝を中心とした地上世界を天上世界にまで投影する」ところにあるためです。天球上で常に動かない北極星を皇帝に見立て、これを中心とした秩序だった世界を表現しようとしたのです。その結果、大げさに言えば、地上にある名のついたありとあらゆる物が星座として天に上げられています。総数は諸説あり、時代によっても変動しますがおおむね300個近くにも達します。
例えば皇帝以下、役人や役所、建造物、道路、人、道具、さらには行為や臓物まで星座になっています。トイレの星座が2つ(天厠、天溷)に、ウンチの星座(天屎)まであるに至っては、現代人にはほとんど理解不能でしょう。
これだけ色々なものが星座になっているのだから、植物も当然星座になっているはず……ということで探してみると、西洋星座の「黄道十二宮」に相当する「二十八宿」の1つに「柳宿」*5があります(星座としては「柳」(りゅう)。うみへび座のあたり)。
しかし、有名な「天狼」をはじめ、それなりの数の動物が星座になっているのに対し、植物はやはり圧倒的に目立ちません。上記の柳以外は、いるか座のあたりにあった「敗瓜」(はいか・割れたウリのこと)、「瓠瓜」(こか・ウリの一種)といった作物、くじら座のミラ付近にあたる「蒭藁」(すうこう・「まぐさ」のこと)あたりが、かろうじて植物っぽいかというところです。
都城の宮廷文化を反映した星座が多いということもあるとは思いますが、柳以外は「植物」というよりは農作物や商品で、即物的なあたりがいかにも中国らしい感じはします。
やっぱり植物の星座は少なそう
しかし、古今どころか洋の東西を問わず植物の星座が少ないとなると、なにか根本的な原因がありそうです。
個人的な考えではありますが、植物はやはり大地に根を張っているイメージが強く、天に上げづらかったのかなという気はします。また、西洋星座的な視点でいうと、枝や葉が茂っているようなものは星を結んで形作るのが難しい、ということもあったかもしれません。「かみのけ座」まであるのに、何をいまさらという気もしますが……
また、夜空はどうしても色彩に乏しいので、一見星座になりやすそうに思える花も、実際には星座にしづらかったのかもしれません。もし、人間の目がHα線に感度が高かったら、ばら星雲なんて、まず間違いなく「ばら座」になっていたことでしょう(^^;
*1:りゅう座はヘスペリデスの園を守っていた、百の頭を持つ竜ラードーンをかたどったもの。また、うしかい座はニンフであるヘスペリデスたちの親、アトラスをかたどったものともいわれます。
*2:ゼウスとヘーラーの結婚の祝いとしてガイアが贈ったもの。不死を得られるとされる。
*3:一応、上で引用した「ウラノメトリア」においては、ヘーラクレースの持っている黄金のリンゴの枝が「リンゴの枝座」として設定されましたが、定着しませんでした。
*4:ハレーの気持ちはどうあれ、他人、ましてやポーランド人のヘヴェリウスにとってはどうでもよかったのかもしれません(^^;
*5:「ぬりこ」という和名の方がピンと来る人がいるかも。朱雀七星士……