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天体写真の画像処理はどこまで許されるのか?〜「星ナビ」9月号の記事を見て


今月発売の「星ナビ」9月号に目を通していると、その中に個人的に「えっ?」と思う記事がありました。

具体的には流星写真の撮り方についての記事なのですが……そこで紹介されている画像処理方法が倫理的にいささか問題ありなんじゃないかと。


その方法というのは、おおよそこんな感じです。

  1. 固定撮影で星空を撮影(星が点に写る程度の比較的短い露出で多数枚)。
  2. 流星の写っているコマを選別。
  3. 流星の部分をやや広めに選択しコピー。
  4. 1で撮影した写真の中から下敷きとなる写真(A)を選び、3でコピーしたものを上のレイヤ(B)にペースト。
  5. 恒星の並びを参考に、(B)の位置を下敷きの写真(A)におおよそ合わせる。
  6. 固定撮影なので、日周運動で写野内の星の位置は変化している……つまり星の位置に対する歪曲収差の出方も変化しているので、そのまま比較明合成しても恒星の位置が完全には合わない。そこで「自由変形」で(B)を変形させ、恒星の位置が(A)と合うように調整。
  7. (B)の流星以外の部分を範囲選択や消しゴム等で削除。
  8. 以下、同様にして他のコマの流星をコピー&ペースト。

まぁ……露骨な合成写真ですね。しかも単純な比較明合成なら問題なさそうなところ、「変形」のプロセスや消しゴムでの削除が入っているあたり、個人的にはさすがにアウトではないかという感が強いです*1 *2。そう感じてしまうのは、その処理について処理した人の任意性が高く、処理の再現性に乏しいからでしょう。一歩間違えれば、容易に「捏造写真」に堕する危険性をはらんでいます。

ウェブや雑誌でアマチュアが発表する「天体写真」の多くは科学写真の側面はあるものの、鑑賞目的の写真でもあるので、見た目がきれいならなんでもアリと言えなくもないですが、逆に言えば科学写真でもありますから、画像処理にはおのずと節度が求められるはずです。


もっとも、新しい画像処理技術が次々と生まれている現在、どこにラインを引くかは非常に難しい問題です*3。あまりに厳しくしすぎると、新しい技術や表現の芽を摘んでしまいかねません。例えば、科学写真としての厳密な立場を貫くと、

  1. コピー&ペースト(あたりまえ)←しかし,過去の捏造の大部分はこれ
  2. タッチアップ(写真の傷を修正するためのツール)の使用
  3. 画面の一部のみ,明るさやコントラストを変更すること
  4. 異なった時間・場所で行なった実験結果を,あたかもひとつのデータのようにみせること(たとえば,同じ電気泳動ゲル上の離れたレーンを近づけた場合でも,あいだには境界線を描かなければならない)

中山敬一「Photoshopによるゲル画像の調整」蛋白質核酸酵素Vol.53 No.15(2008)より(リンク先PDF)

はすべてアウトになってしまいますが、さすがにこれでは厳しすぎて、天体写真として成り立たないでしょう(特に3)。


となると、これまでの事例の積み重ねから許容範囲を探る形にならざるをえません。さらに、あくまでも個人的な意見ですが「パラメータを含め、方法を完全に伝えられた第三者が画像を再現できるか」*4……いわゆる再現性の有無が大きな境目になりそうに思います。


「事例の積み重ね」という観点では、銀塩写真の頃から使われていた手法(コンポジット、傷のタッチアップ、カラーバランス調整、アンシャープマスクなど)や、デジタル写真において一般的な手法(ダーク補正、フラット補正、レベル調整、トーンカーブ調整、ぼかし処理、シャープネス処理、ウェーブレット処理、ノイズ除去など)は問題はないでしょう。

明るく写した地上風景と星空とを合成する類の写真(いわゆる「新星景」など)も、考え方は銀塩写真における「覆い焼き」や「焼き込み」、合成などと同じですし、デジタル写真でもHDR撮影は今や珍しいものではないので、撮影日時・場所や撮影条件、処理方法を明示してあればアリだとは思います*5。ただ、あまりに過激なものは科学的正確性が薄れる分、天体写真というよりは芸術写真の範疇だろうと思います。もちろん、まったく異なる時期や場所で撮ったものを合成している場合は、単なる捏造写真でしかありません。


星雲の強調などで使用するマスク処理については、マスクを元画像から作成する場合は第三者がトレースできるのでセーフだと思いますが、手で描いてしまうのは再現性もないですしダメでしょう(当たり前)。

「フラットエイド」での疑似フラット補正は、星の消去やフラット画像の修正に属人的な要素が入りうるので微妙なところ。とはいえ、普及度合いを考えると容認せざるをえない感じでしょうか。個人的にはできれば使いたくないんですが……。


そして「再現性」の観点からすれば……冒頭の「星ナビ」の事例は結構危ない位置にあるように思えます。ましてや、コピー&ペーストは捏造写真で最もポピュラーな手法なので、その意味での心象も最悪です。


記憶に新しい方もいると思いますが、「星ナビ」は過去に、宮城(下地)隆史氏による画像盗用、不正加工の被害を受け、これを徹底的に追求してきています。せっかく真摯な姿勢を見せていたにもかかわらず、その「星ナビ」で、程度の差こそあれ、積極的にコピー&ペーストを推奨するような記事が出るというのは、なんともモヤモヤします。


デジタル時代の画像処理についてのコンセンサスが確立しきっていないからなのでしょうけど、であればこそ、「星ナビ」や「天文ガイド*6には「許容される画像処理」について議論を率先して引っ張っていってほしいと思うのですが……。

*1:「歪曲収差補正」機能ではなく、手動で変形させているあたりがアレ。

*2:別の例では、背景の明るさを合成先と合わせるために(B)のレイヤのみレベル調整を行ったり、さらには消しゴムで流星部分のみを削り出したりもしています。

*3:このあたりは海外でも問題になっていて、ちょうど先月発売になったばかりのSky & Telescopeの9月号で"Ethics in Astrophotography"と題する記事が出ています。しかし線引きはやはり難しく、「作者は画像の制作方法に正直であれ」という結論にならざるをえないようです。

*4:あくまで理論上の話です

*5:ぶっちゃけ、個人的には好きな表現方法ではないですが。

*6:天ガも宮城(下地)隆史氏の被害を受けていますが、こちらは当人がデビューしたきっかけを作った負い目もあってか、追及に及び腰。本当はこっちこそ、老舗の責任感を見せてほしいのですが。