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数字は嘘をつかないが…

昨日流れたこのニュース、私も関連ツイートしましたが、もうご承知の方も多いでしょう。

母乳から微量の放射性物質 市民団体の独自検査

 市民団体「母乳調査・母子支援ネットワーク」は20日、独自に母乳を民間放射線測定会社に送り分析した結果、千葉県内居住の女性の母乳から1キログラム当たり36・3ベクレルの微量の放射性ヨウ素を検出したと明らかにした。放射性セシウムは検出されなかった。

 厚生労働省によると、原子力安全委員会は母乳に含まれる放射線量について安全基準の指標を示していない。今回検出された数値は水道水に関する乳児の摂取基準値(1キログラム当たり100ベクレル)を下回っている。

 ネットワークの村上喜久子代表は「安全性について判断はまだできないが、母乳は赤ちゃんが口にする。国は早急に広範囲な調査を実施してもらいたい」と訴えている。

母乳から1kgあたり最大36.3BqのI131が検出されたというもの。この記事を見たら、子育て中の方や妊婦の皆さんが不安にならないわけがありません。誰だって、子供に危険なものを与えたくはありませんからね。
市民団体の主張としては「母乳は赤ちゃんが口にするものだから、国は早急に広範囲な調査を実施しろ」ということのようです。なるほど、ここまで見る限りでは筋が通っているように見えます。
が、検査結果や方法などを詳細に見ていくと、少々疑問も出てきます。
まず、出てきた数字の意味です。「1kgあたり最大36.3Bq」というのが多いのか少ないのか?
放射線を出す物質は自然界に普通に存在していて、人間もこれを普段の生活で取り込んでいます。それどころか、標準的な成人で数千Bqの放射性物質が身体の成分として含まれています。言い方を変えれば「人間は数千Bqの放射能を持つ放射性物質」とも言えるわけです。こうした前提を考えた上でないと、「1kgあたり最大36.3Bq」という数字がどういう意味を持つかが判断できません。そうでなくとも、正常な母乳がどの程度の放射性物質を含むのか示されていない以上、上記の数字が正常なのか異常なのかの判断ができません。
2つ目は測定を行った日の問題。報道によれば、3月24日と3月30日に採取した母乳をサンプルとして分析したとのこと。しかしこの時期というのは、ちょうど浄水場からI131が検出されて水道水の摂取を規制するのどうのと騒ぎになっていた時期です。ですので、母親が水道水等を経由してI131を取り込んでいたとしても不思議ではありません。
さらに、I131は放射線を出しながら別の物質に変化し、およそ8日後には半分の量になってしまいます。また、I131の一部は尿などの形で体外に排出されますので、減少の速度はもっと速いはず。実際、報道を見ても、24日に31.8Bq/kgを記録した女性は、30日には8.5Bq/kgへと激減しています。原発周辺の放射線量を見ても、空中への新たな放射性物質の大規模放出はないようですし、現在では母乳中のI131はもう検出限界以下まで下がっているだろうというのは容易に予想されるところです。
となると、「母乳を調査すべし」というこの団体の主張の根拠、少々怪しくなってきます。
で、この「母乳調査・母子支援ネットワーク」なる団体、どういう団体なのか調べてみようと思ったら、すでに調べてくださった方がいらっしゃいました。それによればこの団体、もともとが福島原発に反対する市民運動グループから生まれたものだとのこと。別に反原発だからどうこうというのではありませんが、団体の立ち位置がそこだとすると、なるほど放射線の害を強調する方向に行ったというのはある意味納得できるところです(賛同はできないけど)。
ところで、この反原発団体のサイトを覗いてみると、上記の検査を行ったときの記事があります。そこには

私は市民の手でもデータを持つことが重要ではないかと考え、宮城県の方の協力を得て、母乳を検査に出しているところです。茨城の生協の方にもお願いしました。

とあります。で、一方、早野龍五先生のツイート経由で、茨城の常総生協が行った母乳検査の結果が掲載されたブログ記事があるとの情報を得ました。その記事がこちらですが、記事の内容はさておき、掲載されている生協のパンフレットにある計測値を見ると「母乳調査・母子支援ネットワーク」が発表した数字と一致しており、どうやらこれが同団体が「茨城の生協の方にもお願いしました」と言っていた検査の結果そのもののようです。
さて、そのパンフレットですが、検査方法や条件、検査対象者の居住地の水道水の検査値、出来事の時系列など、非常に細かく丁寧に書かれたものです(計測値に誤差が書かれていれば完璧でしたが)。そして注目すべきは、検査結果を受けて「幸い放射性ヨウ素は水道水で記録された値よりも低濃度で、母乳に濃縮されて出てくる心配はないことが確認された」、「同レベルの汚染が継続しているわけではないので母乳を与えても心配ない」と結論づけている点です。同じ数字を取り上げていても、かの市民団体の主張とはまったく正反対の印象を受けます。
どんなものでもそうですが、測定をすれば必ずなにがしかの数字が出ます。しかし、その数字を人に伝えるとき、どうしてもその人の解釈が紛れ込んでくるものです(機械的に数値だけ伝えることはまずないですよね)。この「紛れ込んだ解釈」…すなわち、出てきた数字をどういう根拠で判断したのか、が明確なら、数字を受け取った人は、解釈が正しい・間違っているを含め、その意味を正しく評価することが可能になります。逆に言えば、解釈の根拠が伏せられていたりすれば、数字だけが一人歩きして(意図的にしろ、意図的でなかったにしろ)ミスリードを引き起こしかねません。
そうした目で、改めて見てみると、常総生協の報告は表に示されている数字を根拠として論が組み立てられていますが、「母乳調査・母子支援ネットワーク」の方はというと、放射性物質が検出されたことだけを取り上げて、一足飛びに「調査しろ」という姿勢です。出自が反原発団体であることによる思考的バイアスも加味すれば、どちらの結論が科学的で的を射ているかは自ずと明らかだろうと思います。
私ですか?私はもちろん、常総生協の結論の方を支持します。