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空気清浄機を考える―本当に花粉に効くのか?

過去最大級の飛散量ともいわれる、今シーズンのスギ花粉。花粉症患者の皆さんにとってはまだまだ辛い季節が続きます。たまりかねて、空気清浄機の導入を考えている方もいらっしゃることでしょう。あるいはすでに導入済みという方も多そうです。
もし、メーカーの言うように部屋の花粉をきれいに取り去ってくれるのなら、少なくとも屋内にいる限り安心してすごせそうです。しかし実際のところ、本当にそんなにうまくいくんでしょうか?ちょっと考えてみようと思います。

空気清浄機の処理能力はどのくらい?

空気清浄機は、簡単に言ってしまえば、部屋の空気を吸い込んでフィルターで濾過し、部屋に戻す装置です。ここで使われているフィルターは非常に目が細かく、花粉程度の大きさのものなら難なくキャッチできます。つまり、花粉交じりの空気を空気清浄機に通せば、まず100%花粉を除去できるというわけです。逆に言えば、花粉交じりの空気をどれだけ効率よく取り込むことができるかがカギになりそうです。
まずは、各メーカーの製品情報からスペックを見てみましょう。スペック表には「風量(m3/分)」という項目がありますが、これが空気清浄機が1分間に処理できる空気の量に相当します。*1
大手メーカーの空気清浄機のうち、最上位機種の風量を見てみると以下のとおりになります。

さて、これがどの程度の性能かですが…8畳間でダイキンの空気清浄機を動かした場合を例にとって考えてみましょう。
8畳間の空気の量はおよそ30m3です(1畳=1.62m2、天井高が約2.3mとして計算)。ここで空気清浄機を動かすと、まず最初の1分で7.5m3が処理されます。次の1分でも7.5m3の空気が吸われますが、この中にはすでに最初の1分で処理された空気が入っていますので、新たに処理される空気の量は、7.5×{(30-7.5)/30}=約5.6m3となります。次の1分も同様で、新たに処理される空気の量は、7.5×[{(30-(7.5+5.6)}/30]=約4.2m3となります。以降、同様に考えていくと、時間とともに処理済の空気の量は以下のように増えていきます。

運転時間(分)吸引空気量(m3)処理済空気量(m3)処理済空気量(%)
00.00.00.0%
17.57.525.0%
215.013.143.8%
322.517.357.8%
430.020.568.4%
537.522.976.3%
1075.028.394.4%
15112.529.698.7%
20150.029.999.7%
運転開始後3分で約6割、15分もすれば部屋の空気の99%が空気清浄機で処理されることになります。上の計算は、空気の流れなどを一切無視した大雑把なものですが、ダイキンの製品情報ページにある「集塵スピードの目安」のデータを見る限り、そう大きく外れていることはないと思います。

スギ花粉の性質

さて、空気清浄機の性能がおおよそ分かったところで、次は「敵」であるスギ花粉の性質です。これについては、調べてみると色々な資料がありますが、例えば、こちらの資料*2によれば、スギ花粉の平均直径は26.6μm、沈降速度は1.9cm/秒とのこと。他の資料を見ても値はおおむね似たり寄ったりなので、だいたいこの値であっているのでしょう。
まず、スギ花粉の大きさについてですが、これだけの直径があれば空気清浄機のフィルターで間違いなく除去できます*3
問題は沈降速度です。「沈降速度」というのは、無風状態でその粒子がどの程度の速度で落下するかを示したものですが、スギ花粉の場合、1秒間で約2cm落下するということになります。この速度だと、例えば髪の毛に付いた花粉が床に落ちるまでは1分半、天井付近にあった花粉でも2分ほどで床に到達することになります。

空気清浄機は室内のスギ花粉を吸えるか?

以上の結果をまとめるとこうなります。

  • 室内が無風の場合、スギ花粉はどんなに遅くとも2分以内に床に落ちる。
  • 空気清浄機を最大出力で運転した場合、2分間で8畳間の空気の40%強が処理される。

こう書くと、室内の花粉の4割を取り除けるように見え、そう悪くない成績のように思えますが、実際には全部の花粉が天井付近にあるわけではないですし(=2分間よりもっと早くに床に到達する花粉がある)、部屋全体の空気を満遍なく処理できるわけでもないので、実際の除去率はこれよりはるかに低いでしょう。室内に漂う花粉の1〜2割も取り除ければ上出来といったところではないでしょうか。花粉症患者はわずかな量の花粉でも症状が出ますから、空中の花粉がこの程度減ったところで大勢に影響なさそうです。

空気清浄機は床上のスギ花粉を吸えるか?

では、床の上に落ちたスギ花粉についてはどうでしょうか?各社とも強力吸引を謳っているだけに、ひょっとしたら床の上に落ちた花粉まで吸ってくれるかもしれません。そこで、空気清浄機にそこまでのパワーがあるかどうか、空気清浄機の吸気部での風速を計算してみます。
さて、空気清浄機と同じく、空気を吸引する装置として「局所排気装置」というものがあります。これは、工場や研究所などでよく使われる装置で、有害物をフードから吸い込み、屋外に排出する装置です*4。この装置については、風量と風速、有害物までの距離の関係が以下のように数式化されています(http://www.shigasanpo.jp/13publish/pdf/24.pdfhttp://www.sanpo07.jp/modules/wfdownloads/visit.php?cid=1&lid=1など参照)。

Q=60V(10x^2+A)

ここでQは風量(m3/s)、Vは風速(m/s)、xは有害物までの距離(m)、Aはフード開口面の面積(m2)を表しています。とりあえず、これを空気清浄機に当てはめてみます。
上で例にとったダイキンの空気清浄機では、1分間に7.5m3の空気を吸引します。一方、製品写真を見る限り、本体正面下部にある吸気口のサイズは30cm×8cm程度のようです。そこで、このデータを上の式に代入し、吸気口からの距離と風速との関係を計算すると以下のようになります。

距離(m)風速(m/s)
05.21
0.11.01
0.20.29
0.50.05
10.01
吸気口でこそ5m/sほどの風速がありますが、わずか10cm離れただけで風速は1/5に。50cm〜1mも離れたらほぼ無風といってよい状態です。ちなみに風速5m/sは「木の葉や細かい小枝がたえず動く。軽く旗が開く。」、風速1m/sは「風向きは煙がなびくのでわかるが、風見には感じない。」といった程度ですので、吸気口の至近であればともかく、この程度の風力では床の花粉は吸い込めそうにありません。 空気清浄機から出てくるほうの風にしても同様で、距離とともに風が著しく弱まることを考えると、部屋中の花粉を舞い上げるほどの力はないのではないでしょうか。

なんとかイオンとかは効くんじゃないの?

どうやら、空気清浄機が花粉を除去する能力はかなり限定的なようです。一方、メーカーによっては、イオンなどを放出することで花粉を無害化すると謳っているものがあります。CMでもおなじみ、シャープの「プラズマクラスター」やパナソニックの「ナノイー」などですね。
この「プラズマクラスター」や「ナノイー」とは何か、ですが、メーカーのサイトを見る限り、細かい違いはあれど有効成分はいずれも「ヒドロキシラジカル」のようです。「ラジカル」というのはごく簡単に言えば、通常よりも多くマイナスの電気を帯びた状態の分子のことで、他の分子と非常に反応しやすいのが特徴です。つまり、高い反応性を持った物質を花粉のアレルゲンと反応させることでアレルゲンを変性・分解させ、無害化しようという作戦ですね。
これの効果が実際にあるかどうかを推定するためには、具体的にどんな物質が、どの程度の量放出されているかが重要になるんですが…メーカーサイトにこの手の情報、極端に少ないんですよね。かろうじて見つけられたのは

の2つだけでした。そこでこれらの間を取って「ヒドロキシラジカルを含む粒子径13nmの水粒子が10000個/m3の密度で存在する」と仮定し、1m3の空間において「直径30μm、存在密度1000個/m3*5」のスギ花粉とぶつかる頻度を計算してみます。
さてその方法ですが、探してみるとこちらに、多数の重い分子と多数の軽い分子が衝突する場合の計算方法が説明されています。これによれば、単位体積・単位時間当たりの衝突頻度Zは以下の式で計算できます。

Z=\sigma^2n\small{_A}\large{n}\small{_B}\large\sqrt{\frac{8\pi k\small{_B}T}{\large{m}\small{_A}}}

ここで\sigmaは「衝突半径」といわれるもので、粒子Aと粒子Bの半径を足し合わせたものです。また、n\small_An\small_Bはそれぞれの粒子の密度(g/m3)、m\small_Aは粒子Aの質量(g)、k\small_Bボルツマン定数(=1.38×10-23J/K)、T絶対温度になります。
この式に、各粒子の大きさと密度を代入し、室温を20℃として計算してみると、衝突頻度は約0.02回/秒…つまり、1m3の空間の中で、50秒に1回の衝突が起こることになります。この計算は気流やラジカルの寿命などの影響を無視していますし、気体分子についての式を流用するなど、仮定も荒っぽいのでかなりの誤差を含んでいると思いますが、それでも1000倍も1万倍も違うということはないと思います。
となると、です。有効成分を含む水滴が花粉に衝突したとき、瞬時に花粉を100%無害化できるとしても、1分間で1m3あたりせいぜい数個〜数十個の花粉を無害化するのがやっとということになります。一方、上の仮定では1m3あたり1000個もの花粉があるわけですから…その効果のほどは自ずと明らかでしょう。*6

結論

長い記事になってしまいましたが、花粉に対する空気清浄機の効果は、残念ながらほとんどないか、あっても限定的ということが言えそうです。家族に喫煙者がいるとか、ペットのにおいが気になるといった場合は別ですが、花粉対策を主目的として空気清浄機を買うのは決して効果的とはいえないでしょう。*7それよりは「飛散開始日の2週間ほど前から抗アレルギー薬を服用する」、「外出から戻ったとき、服や髪についた花粉を払い落とす」、「紙パック式の掃除機で部屋の清潔を保つ(床に落ちた花粉を除去する)」といった対策を取ったほうがよいだろうと思います。地道で面倒なのは確かですが。

*1:正確には空気清浄機が吐き出す空気の速度ですが、装置の構造上、吐出量=吸気量ですから、これが空気清浄機の処理能力と考えてよいです。

*2:湯ほか「スギ花粉の粒径分布・粒子密度・沈降速度および濃度測定法―OHIO Chamberのための基礎検討―」第19回日本アレルギー学会春季臨床大会

*3:空気清浄機で用いられているのは主にHEPAフィルターですが、このフィルターは粒径が0.3μmの粒子に対して99.97%以上の粒子捕集率をもつものとJIS規格で規定されています。

*4:局所排気装置の例:http://www.koken-ltd.co.jp/kyokuhai.htm

*5:こちらのサイト(http://kafun.taiki.go.jp/)などを見ると分かりますが、この花粉数はかなりの高レベルに相当します。

*6:ついでに言えば、1000個/m3というのはかなり甘い条件で、花粉症患者は100個/m3も花粉があれば十二分に症状が出ます。100個/m3の条件で計算すれば衝突頻度はこれの1/10になり、まるでお話になりません。

*7:同じことはウイルス等の除去についても言えます。上記の通り、ラジカルによる病原体の無害化はほとんど期待できませんし、そもそも空気感染する病原体は限られています。ちなみに関心の高いインフルエンザウイルスは、接触感染と飛まつ感染が主で、空気感染はほとんどしません。