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山椒は小粒でも……


11月5日の夜は、週末と新月期、晴天がうまい具合に重なってくれて絶好の撮影日和。とはいえ、宵のうちは雲が出る予報だったので、晩飯後にいつもの公園に出撃してきました。


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この夜は、夜半過ぎまで適当な対象を撮影したのち、1時過ぎからは、とある「テスト」をする予定。テストの時間帯は動かしにくいので、それまでに比較的パッと簡単に撮れて、今まで撮ったことのない対象……ということで、カシオペヤ座の散光星雲「パックマン星雲」*1ことNGC281を狙ってみることに。


この星雲は35分角×30分角と比較的コンパクトな割に明るいので、NB1フィルターを使えば簡単に写るはず……


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ところが、どうもこの日は雲が(しかも被写体の方向にばかり)想像以上に多く、頻繁に被写体の手前を横切っていきます。雲のせいで写りが悪いコマはもちろん、一見写りに問題がなくてもガイドが暴れたせいで没になるコマも多く、最終的に使い物になったのはかろうじて3コマのみという惨状です。


それでもせっかく撮影したので、無理を承知でゴリゴリ画像処理して……こうだ!


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2021年11月5日 ED103S+SDフラットナーHD(D103mm, f811mm) SXP赤道儀
ZWO ASI2600MC Pro, 0℃
Gain=100, 900秒×3, NebulaBooster NB1フィルター使用
ペンシルボーグ(D25mm, f175mm)+ASI120MM+PHD2によるオートガイド
ステライメージVer.9.0dほかで画像処理

こうしてみると、「パックマン星雲」という愛称の由来になった暗黒帯や、星雲各所に点在するボック・グロビュールが見事です。M16にある「創造の柱」的な構造も見えて、どことなくケフェウス座IC1396を彷彿とさせます。


実際、この星雲は典型的な星形成領域で、星雲中心部にある散開星団IC1590*2からの強烈な紫外線により、周囲の水素ガスが輝いているものです。星雲左側の「創造の柱」的な構造も、IC1590の星々からの恒星風と「柱」内部の磁場との相互作用の結果です。


それにしても惜しいのはコマ数の不足で、パッと見では気づかないかもしれませんが、画像処理で無理した結果が妙な色ムラとして出ています。できれば撮り直しをしたいところです。また、中心部の暗黒帯の構造が興味深いので、クローズアップ&短時間露出・多数枚で解像度重視で狙ってみるのも面白いかもしれません。


さて、本命の「テスト」についてですが、長くなりそうなので稿を改めて……。

*1:同じ愛称を持つ天体として、くじら座の惑星状星雲NGC246があります。もっとも、こちらは「どくろ星雲」(Skull nebula)の愛称の方がポピュラーな気がします。

*2:年齢約350万年の非常に若い星団です。

さよなら三角、またきて四角

9月の新月期(9月上旬)は関東に北東風が吹き込み続け、記録的な低温&悪天候に見舞われましたが、9月後半あたりからは天気が徐々に持ち直してきました。先週末は月齢も小さく、しかも10日夜はWindy(ECMWF)の予想によれば、南風が吹き込んで湿度は高そうなものの、快晴が続く予報。ここを逃すとしばらく撮影に出られそうもないので、いつもの公園に出撃してきました。


この日の狙いは、有名なさんかく座の渦巻銀河M33。この被写体は過去にも2度ほど撮影しています。
hpn.hatenablog.com
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しかしながら、1回目は絶対的な露出時間が短すぎて写りがイマイチ。2回目は露出時間を延ばしたおかげで腕こそ写ったものの、宵のうちの撮影で光害の影響が大きかったこと、にもかかわらず無理やり処理して不自然さが目立ってしまったこと、また特徴的なHα領域が白飛びしてしまっていたのが残念な点でした。


そこで今回は、これらの問題点を改善する方向で計画を立てました。


まず撮影時間ですが、この時期のM33は0時ごろに南中するので、23時以降に撮影することにします。高度が高いので光害の影響を受けづらいですし、光害そのものも深夜~明け方にかけて少なくなってくるので、淡いM33を撮るにはうってつけです。


一方、前回写りがイマイチだったHα領域については、Hαのナローバンドフィルターで別撮りすることに。ナローバンド(特にHα)は比較的光害に強いので、高度が上がりきる前の宵のうちに撮影することにします。


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というわけで、まずはHαの撮影から。高度が40度以上に上がってきた20時ごろから撮り始めますが……


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さすがに明るすぎるわ!(笑)


その後、夜が更けて高度が上がってくると背景も落ち着いてきて、22時ごろにはこの暗さに。


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ナローバンドと言えども、光害の多寡と天体高度の影響は馬鹿にできないものがあります。ナローバンドが光害や月明かりといった悪条件に強いのは確かですが、あくまでも「強い」だけで、影響がないわけではないので、なるべく条件のいいときに撮影する必要があるでしょう。こちらも結局、序盤の2コマは捨て、後半に2コマ追加して8コマ確保したところでHαの撮影は終了とします。


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23時ごろからは、フィルターをHαナローから一般的な光害カットフィルターであるLPS-D1に交換して、通常のカラー撮影を。現時点でのシステムの構成上、補正レンズの先にフィルターを取り付けざるをえないので、いちいち補正レンズを付けたり外したり、フィルター交換が面倒なのが玉に瑕です。


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撮って出しはこんな感じ。以前の撮影時もそうでしたが、M33はフェイスオン気味で非常に淡く、ぎりぎり中心部が見えるかどうか……というくらいしか写りません。写りとしてはおおぐま座のM101あたりに近いでしょうか?


必要枚数を撮影後、明け方までわずかに時間が余ったのでどうしようかと思ったのですが、そういえば今まで散開星団をあまり撮っていなかったことを思い出しました。ちょうど手ごろな高さにぎょしゃ座散開星団群が昇ってきていたので、ついでにパパッと撮影。ここで天文薄明がやってきて、撮影終了です。


この夜は、宵のうちに雲が流れてくることもありましたがおおむね快晴。湿度が高くてあらゆるものがビショビショになってしまったのは難でしたが、まずまず良い夜だったのではないかと思います。


リザルト


まずは、処理が比較的簡単そうな散開星団から取り掛かります。


散開星団の場合、星を強調しようとレベルを切り詰めると星の色が飛んでしまい「黒い背景に白い点々が散っているだけ」という猛烈に地味な絵になってしまいがちです。そこで今回は、ゲインを下げてダイナミックレンジを最大限確保するとともに、1コマ当たりの露出時間を比較的短くして、撮影の時点で星が白飛びしないようにしています。


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さらに、今回は画像処理の「デジタル現像」の段階で「色彩強調マスク」を利用しています。


「色彩強調マスク」はデジタル現像の応用的な機能です。


デジタル現像では1ピクセルずつ処理が行われますが、そのピクセルを周囲のピクセルの平均値で割る処理が入っています。普通は、例えば当該ピクセルのRチャンネルの値は周囲のピクセルのRチャンネルの平均値で割るのが当たり前です。ここで、赤っぽいピクセルの処理を考えると、当該ピクセルのRチャンネルを周囲のピクセルのRチャンネルの平均値で割ると大きな変化は起こりません。しかし、ここで当該ピクセルをBチャンネルの平均値で割ると……BチャンネルはRチャンネルに比べて低い*1ですから、割り算の結果は大きくなり、結果、赤がより強調されることになります。


この機能のキモは「デジタル現像処理の一部」という点で、階調圧縮が強くかかる恒星像に強く作用します。つまり、星の色をなるべく生かしたい星団の処理にこそ最適と言えます。


今回はRチャンネルをBチャンネルの平均値で、BチャンネルをRチャンネルの平均値で割るように設定することで、赤や青の星の色を強調しています。


ここにさらに「マトリックス色彩補正」の処理も加え、出てきた結果がこちら。


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M36


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M37


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M38

2021年10月11日 ED103S+SDフラットナーHD+レデューサーHD(D103mm, f624mm) SXP赤道儀
ZWO ASI2600MC Pro, 0℃, Gain=100, 露出90秒×8コマ, IDAS LPS-D1使用
ペンシルボーグ(D25mm, f175mm)+ASI120MM+PHD2によるオートガイド
ステライメージVer.9.0dほかで画像処理

ぎょしゃ座の有名な散開星団、M36, M37, M38のそれぞれを、ほぼ同様の条件で処理してみました。こうして並べてみると、大きさや密集度合いが星団によって異なり、なかなか面白いものです。


星の密集度合いはM37が一番で、M38が最もまばら、M36はその中間といった感じです。明るさはM36が6.0等、M37が5.6等、M38が6.4等で、数字上はM37が最も明るいですが、M37は微光星がびっしりと集まっている印象で、光害地での見栄えという意味では明るめの星がほどほど集まっているM36に軍配が上がるように思います。


なお、M38の南側にはNGC1907(8.2等)という小さな散開星団があります。小さく見える原因の1つはNGC1907の方がM38より遠くにあるためですが、こういうのは宇宙の奥行きが感じられて楽しいものです。



次いで、M33の処理に取り掛かります。こちらは撮って出しの画像を見た段階では希望が持てなさそうかなと思っていたのですが、軽くレベル調整してみると……


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思いのほかちゃんと写っていそうです。


そこで、これらを丁寧にフラット補正したのち、RチャンネルをHα画像とブレンド*2。光害カブリを除去したのち、多少の色彩強調やシャープネス処理をかけて……こう!


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2021年10月10日 ED103S+SDフラットナーHD+レデューサーHD(D103mm, f624mm) SXP赤道儀
ZWO ASI2600MC Pro, 0℃
カラー:Gain=100, 900秒×16, LPS-D1フィルター使用
Hα:Gain=450, 900秒×8, Astronomik Hα 6nmフィルター使用
ペンシルボーグ(D25mm, f175mm)+ASI120MM+PHD2によるオートガイド
ステライメージVer.9.0dほかで画像処理

おおっ!自分で言うのもなんですが、東京都心で撮ったにしてはなかなかじゃないでしょうか?青っぽい色*3も出ていますし、課題だったHα領域の描写も、ナローバンド画像をブレンドしたことで表現できているかと。都心でここまで写ってくれれば大満足です。


M33はアンドロメダ銀河(M31)に次いで我々に近い銀河で、その距離は約300万光年。カタログ上の明るさは5.5等と明るく、空が暗ければ肉眼で、明るくても双眼鏡で容易に見えそうな気がするのですが、広がりが大きくて非常に淡いため、眼視での観測は至難の業です。自慢ではないですが、私もいまだに眼視でM33を見たことがありません*4


ちなみに、M33の左上側に見えるひときわ明るいHα領域ですが、M33とは独立してNGC604というカタログ番号が与えられています。目に見える部分の比較ではオリオン大星雲の40倍近い広がりを持ち、明るさは実にオリオン大星雲の6300倍という凄まじさです。もしこれが銀河系内にあったら、それはもう凄まじい眺めだったことでしょう。

*1:赤っぽいので、R>Bとなります。

*2:今回は比較明合成をしました(2枚を比較明コンポジット)。最初は単純にRチャンネルと入れ替えたのですが、さすがに不自然過ぎました。

*3:M33は星形成が激しく若い星が多いため、他の銀河と比べ総じて青っぽい。

*4:同じく近距離にあるアンドロメダ銀河M31は、中心部に光が集中していることもあって、都心部でも双眼鏡があれば比較的容易に姿を確認できます。

SD60SS発表

先日からティザー広告が出ていたビクセンの新製品が、7日夕方、ついに発表になりました。

camp-fire.jp


製品名は予想通り「SD60SS」。まずはクラウドファンディングを利用した数量限定での販売という形になります。今まであまり見なかったやり方ですが、話題も作れるし、市場調査的なこともやりやすいので、特にこういう狭い業界だと、メーカーとしてはそれなりに便利なんじゃないかという気がします。


スペックは「口径60mm、焦点距離300mm」と予想しましたが、「口径60mm、焦点距離360mm」のF6と、無理せず案外保守的な方向に。光学系はFPL53を使った2枚玉のオーソドックスな設計ですし、これなら精度も出しやすく、製造しやすそうです。


鏡筒バンドは、バンド上部にちゃんとM4と3/8インチのネジ穴が。メーカーとしてはファインダー台座の取り付けなどを想定しているようです。また、下側には1/4インチと3/8インチのネジ穴が用意されていて、カメラ三脚への取付もできるようになっています。


アリガタは予想通り、アルカスイス規格とビクセン規格の2階建て。しかもWilliam Opticsのものと違って、アリガタを裏返して使い分ける必要がないため、使い勝手はかなりよさそうです。これは大いに歓迎で、応用範囲がぐっと広がります。いっそアリガタは全部これにしてしまえばいいのに……。


気になるフォーカサーは、いい方向に予想が外れてくれました。微動装置装備のラック&ピニオン式です。もちろん、実物のデキ次第のところはあるのですが、操作性などに一定以上の期待はできそうです。


フードは伸縮式で、カメラバッグなどにかなりコンパクトに収納できそうです。


補正光学系など


補正光学系としては、フラットナーとレデューサーを用意。フラットナーはおそらく焦点距離は変わらず、レデューサーの方は0.8倍に焦点距離が短縮されます。


サイトに作例が載っていますが、これを見ると、フラットナー使用時は35mmフルサイズの周辺で星像が円周方向に流れていますが、APS-Cの範囲ではほぼ気にならないレベル。一方、レデューサー使用時はAPS-Cでの作例しかありませんが、こちらも像の崩れは小さめです。フラットナー/レデューサーの鏡胴はやや細めな感じがするので周辺光量などにやや不安が残りますが、少なくともAPS-Cくらいまでなら結構快適に使えそうな気がします。


また、これらの補正光学系が付属する「撮影セット」には回転装置も付属します。回転装置や補正レンズにフィルターが付けられるかどうかがハッキリしないのは気になりますが、おそらくφ48mmあたりのフィルターはどこかに付けられるのではないでしょうか?


価格


気になる価格ですが、今回は「超超早割」ということで、かなり破格の値付けがされています。

  • 鏡筒単体(5台限定):46000円(77000円から40%オフ)
  • 撮影セット(10台限定*1):69000円(115500円から40%オフ)
  • モバイルポルタ-SD60SS(10台限定):74000円(124300円から40%オフ)

これがどのくらい安いかですが、例えばスペックが近いSharpstar 61EDPHII(口径61mm、焦点距離355mm(F5.5) ただしこちらは3枚玉)が64680円、専用レデューサーが27500円、フラットナーが26400円ですから、鏡筒単体、撮影セットともにかなり安いのが分かります。特に撮影セットについては、定価であっても十分に競争力のある値付けです。いい意味で「中華鏡筒そのまま」ですし、国内でしっかり検品してくれることも考えると、かなりお買い得。今回はビクセン、ずいぶん頑張ったなぁという印象です。


そのせいもあってか、撮影セットについては瞬殺状態で、告知後1時間程度で完売という凄まじさ。鏡筒単体やモバイルポルタとのセットが売れ残ってるあたり、メーカーの方も需要の傾向が見えたのではないでしょうか?


あとはこの結果を、何らかの形でビクセン本体の製品ラインナップに反映させていってくれればいいのですが……。

*1:「10台限定」と銘打たれていますが、なぜか8人が申し込んだところで品切れ状態になっています。「10台限定」というのが間違いだったのかも?