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皆既月食

昨日、5月26日は、日本国内で見られるものとしては約3年ぶりの皆既月食でした。


ところで、2011年に天文趣味に復帰してからの月食時の天気を振り返ってみると……

  • 2011/12/10 皆既:〇晴
  • 2012/6/4 部分:×曇
  • 2014/4/15 部分(月出帯食):観測せず
  • 2014/10/10 皆既:△~×曇のち雨(欠け始めのみ)
  • 2015/4/4 皆既:×曇
  • 2017/8/8 部分:×曇時々雨
  • 2018/1/31 皆既:〇~△晴のち曇
  • 2018/7/28 皆既(月没帯食):×雨


と、なかなかの酷い勝率。ぶっちゃけ、冬型の気圧配置で安定した晴天が望める冬以外、まともに晴れたためしがありません。今回も、10日前くらいの段階では晴れそうな予想だったのですが、前日の予報だと

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東京付近は雲がべったり。幸い、高度の高い雲がメインのようで、雲を通して月が見える可能性はあったので、いつもの公園へ出撃することに。当初は、天気が良ければ

  • ED103S+SXP赤道儀(撮影用)
  • MAK127SP+AZ-GTi
  • ミニボーグ60ED+K型経緯台
  • 双眼鏡+カメラ三脚

などなど、色々持ち出そうと思っていたのですが、そもそも月が見えない可能性も高いので、

  • ミニボーグ60ED+K型経緯台(撮影用)
  • MAK127SP+AZ-GTi
  • 双眼鏡

のみに軽量化し、事前にロケハンしたポジションに陣取りました。


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この時点では、東の空に雲の切れ間があってチャンスがありそうだったのですが……


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月の出が近づくとともにどんどん雲量が増加。


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月が出て本影食が始まっても、雲が切れるどころか、月がどこにあるのかすら全く分かりません。19時過ぎには一瞬雲が薄くなって月の位置「だけ」分かる時間帯も瞬間的にあったのですが、見えたのはその一瞬のみ。


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一応、皆既の終わりまで粘ってみましたが、全天ベタ曇りで月明かりの「つ」の字も見えない状況は変わらず、21時ごろ、諦めて撤収となりました。


ところが、帰宅して荷物を片付けたのち、2階の自室から何気なく空を見上げると、なんと薄雲越しに欠けた月が見えるではないですか!あわてて機材を再度引っ張り出して、ベランダから手持ちでパチリ。


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2021年5月26日21時44分 ミニボーグ60ED+マルチフラットナー 1.08×DG(D60mm, f378mm)
EOS KissX5, ISO1600, 露出1/100秒

これが今回の月食で撮れた唯一の写真になりました。薄雲越しとはいえ、雲自体はそれなりに厚く、ピントが合っているのかどうかの判断さえ難しい状態でしたが、完全なボウズよりはまだマシでしょうか……(^^;


ちょっと気になった点


ところで今回、公園で観望していてちょっと気になった点がいくつかあったので、メモっておきます。

皆既の時間帯だけ人が出てきた

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今回の月食、月の出直後から始まるということで、見ようという人が夕方から集まってくるかと思ってたのですが、欠け始めの時間には広い公園にほぼ自分1人だけ。その後も人がいない状態が続きましたが、皆既の始まる20時ごろになると急に人が増えました。公園全体で50人近くはいたのではないでしょうか?


事前のニュース等で皆既の時間帯ばかりことさらに強調していたので、普段興味のない人は「夜8時過ぎに皆既月食が見られる!」と思って見に来たのだと思いますが、個人的には、この観望の仕方はちょっと残念に感じました。


皆既の状態というのは皆さんご存知の通り「赤黒い月が浮かんでいる」というだけのもので、月食のハイライトはむしろ地球の影の進行そのものにあると思っています。もちろん、楽しみ方は人それぞれで、皆既の場面だけを見る見方を否定するものではありませんが、月食の進行を通じて「月の動きってこんなに速いんだ!」とか「自分たちの足元にある地球の影があそこに写っているんだ!」といった驚きを感じることができるだけに、ちょっともったいないかなと思いました。


特に、親子連れも数多く見かけたので、余計にそう感じたのかもしれません。理科教育のいいタイミングなのですが……。


曇りなのに大勢の人が月食を見ていた


皆既の時間帯、空が完全なベタ曇りなのにもかかわらず「月はどのあたりに見えてますか?」と聞いてくる方が複数いらっしゃいました。原因として挙げられるのは……

  • 空全体が一様な高層雲に覆われていて、雲の形や陰影がほとんど見えず、晴れていると思い込んでいた。*1
  • 星が見えなければ曇っていることに気づいたはずだが、都心なので星が見えないことをそもそも不思議に思わなかった。
  • 月の高度が低いことが報道されていたため、建物などの陰に隠れていると思い込んでいた。
  • そもそも方位を把握していなかった。


といったあたり*2。このほか、皆既中の月の明るさを知らなかった(肉眼で見えないほど暗くなると思ってた)ケースも、もしかしたらあったかもしれません*3


「曇ってるのに気づかなかった」というのはかなり意外な感じですが、普段都心の夜空を見慣れている自分なんかと違って、普通の人たちはそもそもこの時期、この時間に、どこにどんな星が出ているはずなのかも分からないわけで、結構そんなものなのかもしれません。


スーパームーン」という言葉が独り歩きしてた


「珍しいスーパームーン皆既日食!次回は12年後!」などと事前にマスコミ等が報じていたせいか、普段と違う、何かとんでもないものが見られると期待している人も少なからず見受けられました。これは「スーパームーン」という語感の「強さ」が生んでしまった一種の誤解です。


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たしかに、満月が最も大きく見えるときと最も小さく見えるときとの間では、このくらい見かけの大きさが違います。とはいえ、その差は直径で10%ほどしかなく、横に同時に並べて比較するならともかく、普通はまず分かりません。ましてや、マンガやアニメでよく見る「地平線近くに赤い月がドーン!」みたいな見え方では断じてありません。


スーパームーン」という言葉は元々占星術師が割と最近に使いだした用語で、これをNASAが援用したため、一気に一般に広がったという経緯があります。一度定着してしまった言葉を今さら「なかったこと」にはできませんし、この言葉が空を見るきっかけの1つになっているのは確かですが、過度の盛り上げを誘発するようでは「期待させておいて落とす」を繰り返すことになり、かえって逆効果です*4。こんなところでマスコミに対して騒いでも影響はほとんどないはずですが、「スーパームーン」という言葉を使うにしても、相当抑制的に使う必要があるかと思います。


ちなみにスーパームーン時の皆既月食ですが、月の見かけの大きさが大きい、近地点付近なので月の角速度が速い、地球との距離が近いので月の見かけの移動速度も大きい、と3つの悪条件が揃うため、理屈の上では皆既時間は短くなる傾向があり*5月食としては実は大しておいしくなかったりします(^^;

*1:実際、某局のお天気キャスターも、ベタ曇りの薄明の空に対して「雲がほとんどなくきれいな月が見えるでしょう」と言っていたとかなんとか。

*2:いずれも実際に現場で見聞きしました。

*3:こちらは未確認。

*4:このあたり、一般向けの流星群の報道にも共通します。

*5:「まったくの同条件で比較すれば」の話。実際には「地球の影のどのあたりを月が通過するか」の方が、皆既の継続時間への影響ははるかに大きいです。

EdgeHD800 オフアキシスシステム再調整


ASI2600MC Proが手元に届いて約1年になりますが、面倒でずっと後回しにしていたのがEdgeHD800のオフアキシスシステムの調整です。


EdgeHD800の場合、光学系内(バッフル内)に補正レンズが組み込まれているため、設計通りの性能を発揮させるには接眼部~センサーまでの距離をきっちり規定値に収める必要があります。EdgeHD800では、接眼部後端から133mmの位置にセンサーが来なくてはなりません。


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そこで、デジカメを使っていた頃は、上記のようなセッティングでセレストロン純正のオフアキシスガイダーを利用していました。まず、φ52mmフィルターがない場合ですが、

SCTアダプター25.3mm
オフアキシスガイダー本体29mm
M42(オス)Tマウント用カメラアダプター12.5mm
TスレッドスペーサーリングB11.55mm
Tリング(N) キヤノンEOS用10.8mm
EOS KissX544mm
133.15mm

となり、光路長はほぼ133mmとなります。これはセレストロンの推奨設定でもあります。


実際には、カメラ側にマウント内部に装着するLPS-P2-FFを装着することが多いので、光路長はその分伸びます。以下の記事を参照すると、LPS-P2-FFの場合、0.5mmほど伸びるようです。
hdv-blog.blogspot.com


とはいえ、ここで光路を0.5mm縮めるにはおそらくカスタムパーツが必要ですし、妥協せざるを得ないところでしょう。


一方、φ52mmフィルターを使おうとすると、いささか面倒になります。というのも、オフアキシスガイダー自体にフィルターを装着する機能がないためで、やむを得ずボーグの規格に変換してからカメラを装着する形になりました。

SCTアダプター25.3mm
オフアキシスガイダー本体29mm
M42(オス)Tマウント用カメラアダプター12.5mm
M42P0.75→M57AD【7528】8mm
フィルターBOXn【7519】15mm
M57→M49.8ADSS【7923】0mm
カメラマウント キヤノンEOS用【5005】10.8mm
EOS KissX544mm
144.6mm

これだと規定値を10mm以上もオーバーしていて、さすがに像の悪化が無視できません。フィルターとしてNebulaBooster NB1などを使うと、光路長はさらに0.8mmも伸びます。


実際、この組み合わせで撮ると、周辺部の星が細長く伸びているのがハッキリ分かります。しかし、幸い撮影対象は視直径が小さいものが多いのでトリミングで回避できますし、代替手段もないので、これで撮影していました。


ASI2600MC Proとの接続方法を考える


ASI2600MC Proでオフアキシスガイダーを使うにあたって、一番素直な方法は、デジカメをASI2600MC Proでそのまま置き換える方法です。ZWOではEOSシステムでカメラをそのまま使えるよう、「EOS-EFマウントアダプターII・ASIカメラ全般用」というものを販売しています。これを組み込んでデジカメと置き換えると、以下のようになります。


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フィルターを使わない場合の光路長は

SCTアダプター25.3mm
オフアキシスガイダー本体29mm
M42(オス)Tマウント用カメラアダプター12.5mm
TスレッドスペーサーリングB11.55mm
Tリング(N) キヤノンEOS用10.8mm
EOS-EFマウントアダプターII・ASIカメラ全般用26.5mm
ASI2600MC Pro17.5mm
133.15mm


φ52mmのフィルターを使う場合は

SCTアダプター25.3mm
オフアキシスガイダー本体29mm
M42(オス)Tマウント用カメラアダプター12.5mm
M42P0.75→M57AD【7528】8mm
フィルターBOXn【7519】15mm
M57→M49.8ADSS【7923】0mm
EOS-EFマウントアダプターII・ASIカメラ全般用26.5mm
ASI2600MC Pro17.5mm
144.6mm

といった具合です。


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なお「EOS-EFマウントアダプターII・ASIカメラ全般用」は前後二分割できて、そのうちのカメラ側リングの内部にφ48mmのフィルターを装着できるよう溝が切ってあります。ステップアップリングを使えばφ52mmのフィルターを付けられるので、これを使えば長すぎる光路長を短縮できるのでは……と言いたいところですが、内径がぎりぎりのため、これをやってしまうとマウント側のパーツがねじ込めなくなってしまい事実上使えません。


マウントアダプターの怪


ともあれ、これで一件落着……と思ったのですが、ふと思い立ってパーツの寸法を実測してみたところ……


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……!?


なんと、「EOS-EFマウントアダプターII・ASIカメラ全般用」のサイズが違います。公称値だと26.5mmあったはず……。
www.kyoei-tokyo.jp


この件をTwitterでつぶやいたところ、同じサイズの人や「26mmあった」という人、中には公称値通り26.5mmだったと言う人まで現れる始末。わけが分からないよ /人◕ ‿‿ ◕人\


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どうやら、フィルターが入ることをある程度想定してなのか、やや短めの長さを標準に作られていて*1、光路延長が必要な場合は同梱のシムリングで調整しろということだったようです。今さらながらシムリングの意味が分かりましたが……さすがにちょっと雑すぎやしませんかね、これ?*2 *3


とりあえずウチの場合、上記の光路長はそれぞれ0.7mmほど短くなるわけです。フィルター厚みによる光路長延長分がほぼ相殺されるのは不幸中の幸いですが……。


ASI2600MC Proとの接続方法再考


さて、ひとまずカメラがシステムに繋がることは確認できたわけですが、このカメラの場合、そもそもEOSマウントにこだわる必要はありません。パーツをうまく組み合わせれば、光路長超過の状態を解消できるかもしれません。


これについては、実は勝算が1つありました。「EOS-EFマウントアダプターII・ASIカメラ全般用」のカメラ側リング内部にフィルターが装着できることは上で書きましたが、一方、このリングとマウント側パーツの接続はM60のねじ込みになっています。そして、ボーグの延長筒にはM60のネジ山が。さらに、ボーグの延長筒はマウント側パーツより肉薄……。


そう、実は「EOS-EFマウントアダプターII・ASIカメラ全般用」のカメラ側リングにφ52mmのフィルターを装着した状態で、ボーグの延長筒をねじ込むことができるのです。


こうなれば、あとは簡単。電卓片手に手元ののパーツを取っ換え引っ換えして……こうだ!


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オフアキの直後でM42を一旦M57に変換、ボーグの延長筒経由で「EOS-EFマウントアダプターII・ASIカメラ全般用」のカメラ側リングに繋いだ後、マウントアダプター付属の延長リングおよびオフアキ付属のスペーサーリングで光路長を稼いでいます。


SCTアダプター25.3mm
オフアキシスガイダー本体29mm
M42(オス)Tマウント用カメラアダプター12.5mm
M42P0.75→M57AD【7528】8mm
M57/60延長筒S【7602】
+ZWO EOS-EFマウントアダプターII後部
29.5mm
延長リング5mm
TスレッドスペーサーリングA6mm
ASI2600MC Pro17.5mm
132.8mm

機械的な光路長はこんな感じで、ここにフィルターを入れると0.5~0.8mmほど光路長が伸びることになります。これで、おおむね光路長133mmを達成できたことになります。


なお、M57/60延長筒S【7602】については、カメラ側リングにねじ込めるだけねじ込んでありますが、カメラ側リングのサイズや切られたネジの長さに不確定要素があるので、もしこの接続を真似しようという場合は、光路長を実測することをお勧めしておきます。



ちなみにオートガイダー側ですが、ビクセンの「接眼アダプター 42T→31.7AD SX」を装着した上で、StarlightXpressのLodestarを適当な深さまで突っ込んであります。Lodestar本体には安物の31.7mm接眼アダプターが別途ストッパー代わりに固定してあって、そこまで突っ込めばピントが合うようにしてあります。オートガイダー自体はそれなりに古いですが、筐体が31.7mmサイズで前後の調節がしやすい上、センサー面積も1/2型と比較的大きいため、オフアキ用として便利です。

*1:長くて無限遠にピントが合わないよりはマシだけど。

*2:「中華製品だしこんなもの」と言えばその通りなのですが、AliExpressあたりで売ってる有象無象の安物とは違うわけで、まさか公称値が全くあてにならないとは思いませんでした。

*3:光路長がここまでいい加減だと、カメラ側のフランジバック「17.5mm」というのもどこまで信用したものか……という気はしますが。

国内で簡単に入手できる望遠鏡一覧(口径15cm以下~25cmクラス編)


おかげさまでご好評いただいている「国内で簡単に入手できる望遠鏡一覧」、今回は口径10cmを超える鏡筒を取り上げたいと思います。前回はこちらから。
hpn.hatenablog.com


なお、表中では光学系ごとに色を分けていて、ピンクが屈折系、青が反射系、紫がカタディオプトリック系となっています。また、グレーの欄は、補正レンズ系を使用した際のスペックを示しています。

実売価格は、協栄産業やシュミット、ジズコなどでの販売価格を基本に。イメージサークルは、各メーカーの公表値を示していて、29mm以上でAPS-C、43mm以上で35mm判フルサイズの領域をほぼカバーすると考えてよいです。このイメージサークルを公表している製品については、基本的に撮影目的での使用を前提に考えていると思ってよいでしょう。

~15cmクラス


口径10cmを超えるこのクラスは、一般に市販される屈折望遠鏡としては最大口径になります。一方、反射望遠鏡やカタディオプトリック式の望遠鏡としては入門サイズ。昔はむしろハイエンドに近いサイズでしたが、製造技術の向上はこんなところにも及んでいます。小型で取り回しの良い鏡筒が多く、隠れた狙い目です。


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国内メーカーとしてこのクラスの鏡筒を出しているのは、ビクセンと高橋製作所のみです*1


ビクセンのSD115Sは、同社のSDシリーズの単純なスケールアップ版で、長所・短所とも同シリーズの他の機種と共通します。ただ、口径なりに大きく重くなった分、手軽さは下がり価格は上昇。このあたりのトレードオフをどう判断するかです。



高橋製作所のTSA-120は3枚玉EDアポクロマートで、「軽快さと鋭像を両立した」と謳っています。確かに光学性能は優秀で、鏡筒のみの重量も6.7kgと控えめです。タカハシの屈折というと、もっぱらFSQシリーズとTOAシリーズばかりが注目されがちですが、もう少し見直されてもいい鏡筒のように思います。


TOAシリーズは最高性能を誇る同社のフラッグシップ機。その鋭像はほぼ完璧と言っていいレベルで、憧れる人も少なくないと思います。このシリーズは口径130mmのTOA-130NS、接眼体強化型のTOA-130NFB、口径150mmのTOA-150Bからなります。いずれもEDガラス2枚を含む分離型3枚玉で、補正レンズを含め大変高性能です。ただ、その性能はストレートに価格に反映されていて、最も安いTOA-130NSでも、一式揃えるとすぐ100万円近くかかってしまいます。鏡筒重量も大きく、運用するには口径から受ける印象より1クラス上の赤道儀が必要になると考えておいた方がいいでしょう。


ε-130Dとε-160EDは双曲面主鏡と補正レンズを組み合わせた光学系で、その明るさが最大の特長です*2。特にこの2機種は、(ε-180EDと比べて)明るさがやや控えめで軽量なことから、扱いやすい製品になっています。また、4月1日には専用エクステンダーが発売になりました(ε-160ED用は今夏発売予定)。5群7枚のレンズを使用した贅沢な作りで高価ですが、適度に焦点距離が伸びて撮影対象がグッと増えそうです。


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海外製品ですが、屈折系は口径10cm以下の鏡筒のスケールアップモデルが多くなっています。このクラスで多くのモデルを出しているのがSky-Watcherで、アクロマートのBK150750、BK15012、標準的なEDアポクロマートのEVOSTAR120ED、同150DX、写真用途を強く意識したEPRIT 120ED、同150EDと計6機種も揃えています。


アクロマートの2機種は基本的に眼視特化で、その集光力を生かして淡い天体を捉えてやろうという設計の鏡筒と思われます。とはいえ、最近はあぷらなーとさんが実践されているように、ワンショットナローバンドフィルターと併用して安価な写真鏡筒として生かす方法も出てきています。こうなると、かなりコストパフォーマンスは高いと言えるでしょう。
apranat.exblog.jp
apranat.exblog.jp


EVOSTARの2機種もED屈折として無理のない設計。なお、150DXのみ接眼部がラック&ピニオンになっています。重量のあるオプションを取り付けたとしても、ある程度安心だろうと思います。


ただし、BK15012とEVOSTAR 150DXは鏡筒長が1.2mを超える巨大さで、取り回しはかなり大変だろうと思います。


ESPRITシリーズの2機種は、パクリ元の高橋製作所のFSQ-130EDがなくなった今、貴重な写真特化大口径屈折となっています。FSQに比べると、イメージサークルが狭く暗いのが難ですが、Sky & Telescope誌のレビューなどを見る限り、性能は良好そうです。



反射系は安価なニュートン式が多いですが、目を引くのは笠井/MicrotechのカセグレンとOrion Telescopes & Binoculars/Microtechのリッチー・クレティアン。いずれも台湾Guan Sheng OpticalのOEM品です。どちらも1000mm超えの焦点距離の割に軽量・コンパクトな鏡筒で、価格もお手頃です。用途としては、カセグレンの方は眼視、写真撮影ともこなせる万能機、リッチー・クレティアンの方はDSOの撮影に特化した鏡筒*3と言えるでしょう。



カタディオプトリック系は、セレストロンのシュミットカセグレンと、Sky-WatcherのマクストフカセグレンおよびそのOEMが目立ちます。このうちSky-WatcherのMAK127SPは私も所有していますが、安価・コンパクトながらも見え味は良好で気に入っています。詳しくはこちらを参照ください。
urbansky.sakura.ne.jp


ユニークなのはSharpstarの15028HNT。双曲面主鏡に補正レンズを組み合わせたイプシロン光学系のパクリ類似の光学系で、明るさもε-180EDに匹敵するF2.8を達成しています。Sky & Telescope誌のレビューによれば像も非常に優秀。カメラの回転が面倒、副鏡がコバ塗りもなくむき出しなど欠点・要改造点は存在しますが、ε-130Dとほぼ同額、ε-180EDのおよそ半額という安さで、カーボン鏡筒である点も含め、魅力を感じる人は多いと思います。


~20cmクラス


個人向け反射式/カタディオプトリック式望遠鏡の主戦場です。所有者の多い中型赤道儀で安定して運用できる上限がこのあたりではないかと思います。


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まずは国内メーカーから。ビクセンは同じ口径20cmに3機種を展開しています。すなわち、ニュートン反射のR200SS、マクストフカセグレンの変法であるVMC式のVMC200L、6次非球面鏡を用いたVISAC式のVC200Lの3つです。この3つは性格がそれぞれ異なっていて、うまく住み分けができています。


R200SSは歴史の長い鏡筒で、現在国産でほぼ唯一のニュートン反射となっています。F4と明るい一方、副鏡を支持するスパイダー等はガッチリしていて、光軸が狂いにくくなっています*4。また、コレクターPHやエクステンダーPHはなかなかの高性能で、写真鏡として様々な用途に幅広く使えるかと思います。眼視性能もF値の割には優秀です。


VMC200Lはマクストフカセグレンの変法で、筒先にメニスカスレンズを配置する代わりに、副鏡セルの内部、副鏡の手前にメニスカスレンズを配置しています。こうすることで、コストを抑えるとともに鏡筒全体の温度順応を速めています。設計としては眼視性能に重点を置いていて、中心部の像はまぁまぁ。一方で周辺部は非点収差やコマ収差が割と強く出ます。レデューサーVMCを用いても劇的な改善とまでは行かないので、素直に眼視中心で使うか、写真を撮るにしても惑星状星雲など、もっぱら視野中央を使うものに限定した方が満足な結果になるでしょう。


VC200Lは6次非球面鏡と補正レンズを用いて視野全体の収差を減らした設計で、「準リッチー・クレティアン」とも呼べるものです。35mm判全体に渡って星像はエアリーディスク以内に収まる高性能ぶりで、レデューサーHDもかなりの性能を示します*5焦点距離が比較的長いことから、惑星状星雲や系外銀河など、視直径の小さい天体の撮影に威力を発揮します。ただ、少し不安なのは製品のバラつきが大きそうなことで、「ハズレ」の個体を引くとピント合わせすら困難な場合もあるとか*6。17万円超のガチャは勘弁してほしいところですorz



高橋製作所は長焦点鏡のミューロンと短焦点で明るいイプシロンの2シリーズを展開しています。


ミューロンはドール・カーカム式と呼ばれる光学系で、凹楕円主鏡と凸球面副鏡を組み合わせたものです。視野中心部は原理上無収差で、惑星などの観測には絶大な威力を発揮します。一方、この光学系は、同じF値ニュートン反射と比べてコマ収差が極端に大きいのが欠点で、これが良像範囲を制限します。これを改善するのが「Mフラットナーレデューサー」で、これを装着することで収差が軽減されるとともにF値が多少明るくなります。とはいえ、イメージサークルAPS-Cサイズに制限されますし、決して明るい光学系ではないので、あまり写真向きの鏡筒とは言えないでしょう。


ε-180EDはイプシロン光学系の中心モデルで、F2.8とシリーズ最高の明るさを誇ります。その分、光軸のわずかな狂いにも敏感で、扱いはそれなりにセンシティブですが、得られる像は極めて優秀で文句のつけようがありません。



国産と言えば、一応もう一つ。笠井トレーディングとバックヤードプロダクツが共同開発したNERO-200Nがあります。Ninjaシリーズで有名なバックヤードプロダクツお得意のGFRP製鏡筒が特徴的な製品で、惑星の眼視観測に徹底的に最適化した設計になっています。かなり尖った仕様の製品ですが、刺さる人には刺さると思います。


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次に海外製品ですが、こちらはSky-Watcherと台湾Guan Sheng OpticalのOEMによる安価なニュートン反射が二大勢力となっています。ニュートン式の場合、ある程度の性能を確保するだけなら比較的容易*7なので、価格での「殴り合い」になりがちです。いずれも普通に眼視で使う分には十分な性能を有していますが、一方でスパイダーや鏡筒が肉薄で歪みやすい、接眼部が貧弱などの問題を抱えていることも多く、撮影目的でヘビーに使おうとすると何らかの形で手を入れる必要が出てくるのがほとんどです。



ニュートン反射で独自路線を行くのは、英ORION OPTICSです。


英ORION OPTICSは、ミラーの高精度ぶりで知られるメーカーで、米Orion Telescopes & Binocularsとは全くの別会社です。ニュートン反射に関しては独自路線を行っていて、特徴的な鏡筒をいくつも出しています。価格帯としては高級品の部類ですが、極端にぶっ飛んだ価格というほどでもなく、強化オプションも豊富なのでマニアは検討の余地が十分あると思います。



また、ニュートン反射派生の光学系として、SharpstarとORION OPTICSが類似の鏡筒を出しています。


Sharpstarの20032PNTは、F3.8という短焦点ニュートン反射に補正レンズを組み合わせ、F3.2というイプシロン並みの驚異的な明るさを実現しています。公開されているスポットダイヤグラムを見る限り性能は良好で、温度順応用のファンや温度計も装備しています。鏡筒の素材は熱による膨張・収縮の少ないカーボンを採用。それでいて値段は40万円を切っているので、コストパフォーマンスは抜群です。


一方、ORION OPTICSのAG8も上記の20032PNTと類似の光学系で、このAGシリーズは口径40cmまでラインナップされています。出たのはこちらがずっと先ですが、さすがにコストでの叩き合いでは不利なようです。



ニュートン以外の反射系としては、笠井/Microtechの純カセグレン&リッチー・クレティアンが目立つ程度。それぞれ、口径15cmのシリーズと同様の特徴を有しています。価格的にも比較的お手頃で、長焦点鏡として魅力があります。



カタディオプトリック系で気を吐いているのはセレストロン。伝統的なシュミットカセグレンであるC8、補正レンズを組み込んだEdgeHD800、C8の主鏡をそのまま用いて明るいアストログラフに仕立てた8 RASAと、3機種をラインナップしています。以前は、ミードがライバル的な立ち位置で似たような製品をぶつけてきていたのですが、現在は本社の資金繰りや代理店交代のゴタゴタが尾を引いて、日本国内での存在感は極端に低下。このクラスの鏡筒はほぼセレストロンの独占状態になっています。


C8はセレストロンの草創期からの大ベストセラーで、周辺オプションもサードパーティー製を含めて極めて豊富。EdgeHD800は補正レンズによってC8の良像範囲を大きく広げた光学系で、主鏡を固定してミラーシフトを防ぐ「ミラークラッチ」の装備を含め、写真撮影を強く意識した構成になっています。詳しくはこちらもご覧ください。
urbansky.sakura.ne.jp


8 RASAは、元々短焦点なC8の主鏡に補正レンズを組み合わせることで、F2という他に例を見ない明るさを実現した撮影専用鏡筒。イメージサークルこそ22mmと小さいですが、構造的に大きなカメラを取り付けるのは難しい*8ので、バランスとしては適当なところでしょう。


ただ、セレストロンは代理店がサイトロンからビクセンに変更されて以降、国内販売価格が激しく上昇しています。EdgeHD800など、私が購入した2013年10月時点と比較すると2倍近くにもなっており、手を出しづらくなっているのが痛いところです。VMC200LやVC200Lとのカニバリゼーションを防ぐために値上げしたとは考えたくないですが……。



マクストフ系は、マクストフカセグレンがSky-WatcherのBKMAK180とそのOEM品、そしてORION OPTICSのハイエンド品のみ、マクストフニュートンがOrion Telescopes & Binocularsのもののみとなっています。このサイズになってくるとメニスカスレンズの重量がバカにならず、温度順応も厳しくなってくるので、納得できる結果です。以前は、笠井が扱っていた露インテス・マイクロ社が、多様な口径の高性能マクストフカセグレン、マクストフニュートンを比較的手ごろな価格で展開していましたが、同社が閉鎖された今となっては、なかなか難しいのかもしれません。


ちなみにOrion Telescopes & Binocularsのマクストフニュートンですが、モノとしてはSky-Watcherが海外で展開している製品のOEM。写真用途を意識しているためか、副鏡のサイズがφ64mmもあり、結果として中央遮蔽率が33%以上になっています。極小の副鏡により高い眼視性能を狙っていた、かつてのインテス・マイクロ社のマクストフニュートンとは性格が大きく違うので、その点は注意が必要です。


25cmクラス


このサイズになってくると、安定した運用には中型赤道儀では不足で、大型赤道儀が欲しくなってきます。システム全体もかなり大掛かりになってきて、移動観測で使える上限近いサイズと言えるでしょう。


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このクラスで国産で出ているのは、ビクセンのVMC260L、高橋製作所のMewlon-250CRS、CCA-250の3機種のみです。


VMC260Lは、おおまかにはマクストフカセグレンの変法という意味でVMC200Lと同じですが、光学設計自体はVMC200Lの拡大版ではなく、副鏡セル内のレンズ構成が全く違います。合焦機構も、VMC200Lがラック&ピニオン式なのに対し、VMC260Lでは主鏡移動式を採用しています。結像性能はVMC200Lよりはるかに優秀で、写真用途にも十分に耐えると思います。


タカハシの2機種はいずれも電動フォーカサーを備えた高級機で、焦点距離の長さで使い分ける感じです。いずれも素晴らしい性能を誇りますが、値段が値段なので、そうそう手を出せるものでもありません。


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海外製品はおおむね20cmクラスの鏡筒をそのまま拡大したものが多く、特筆すべきものは多くありません。口径25cmを超えてから新しく出てきたシリーズとしては、ORION OPTICSのODK10くらい。光学系はMewlon-250CRSと同じく修正ドール・カーカムですが、F値はこちらの方が明るくなっています。標準状態ではMewlon-250CRSより10万円ほど安く、いいライバルになりそうです。




こうしてみると、革新的な鏡筒により中華系企業の躍進が目立った10cm以下の屈折に比べ、このクラスの鏡筒だと昔ながらの安価な中華製ニュートン反射が幅を利かせていて、「革新」という意味ではやや停滞しているような感じもします。表面的には「中華系企業が強い」という同じ結論ですが、中身はだいぶ違う印象です。


とはいえ、GSOのクラシカルカセグレンや、Sharpstarの20032PNTみたいな鏡筒も出てきていますし、まだまだ中華系企業には伸びる余地がありそうな気がします。国内メーカーは……うん、まぁ……その……頑張れ。

*1:BORG107FLを「口径10cm以上」とみなせばトミーテックも入りますが、ここでは10cmクラスに分類しています。

*2:カタディオプトリックに分類していいのかどうか悩ましいところですが、補正レンズ使用が前提になっているので、ここではカタディオプトリックとして扱います。

*3:副鏡が大きい=中央遮蔽が大きく、回折によるコントラスト低下が大きいため。この鏡筒の場合、中央遮蔽率は直径比で50%にも達します。一般に、中央遮蔽率が30%を超えると惑星観測時の像に悪影響が目立ってくると言われるので、50%というとかなりのもの。その代わり、周辺光量は豊富になって写真には向きます。

*4:一方で、回折で生じる光条がキツい、コントラスト面で不利、といった弊害も出ますが、トレードオフの関係なので仕方ないと思います。

*5:イメージサークルが36mmとなっていますが、これは定義が「良像範囲、かつ周辺光量60%以上を確保」する範囲となっているためです。良像範囲だけなら44mmを確保しています(周辺光量は47%)。

*6:https://6018.teacup.com/enyoou/bbs/6899など

*7:硝材は安価な青板ガラスで十分だし、主鏡の放物面さえ研磨できれば、あとはどうにでもなります。

*8:カメラを副鏡の位置に取り付けるので、カメラが大きいと遮蔽が大きくなり、明るさがスポイルされてしまいます。